デング熱に思う東京一極集中の怖さ

最初は3人の感染者だった。

8月23日のNHK番組「週刊深読み」で出てきた日本を代表する感染病対策のエキスパート?

とふれこみのA氏、「デング熱は怖い病気ではないし、新潟で2名、埼玉で1名出ていますが、
大きく拡大する恐れは有りませんから、心配しないでください」とおっしゃる。

あれから3週間も経たない内に、100人を超え、北は北海道、西は九州まであっという間に広がってしまった。

北海道のような本来感染媒体の<ヒトスジシマカ>が生息しないところはともかく、関東より西の温暖な地域では、感染者がその土地の<蚊>に刺されれば、また新たな感染源となる。

私はこの話題を聞いた瞬間に、感染者が新潟と埼玉で、共通点が最近「代々木公園」を訪れた事、
などから確実に拡大するだろうと、感じました。

感染者が何百キロと離れた処で発症し、少なくとも2か所存在した時点で今回の事態は予測出来たはずです。

福島第一原発事故の時の報道と一向に変わっていない、希望的観測と国民への愚民扱い。
またぞろ繰り返された訳です。

疫学のエキスパートさんがこの程度では、もっと恐ろしい「エボラ出血熱」となったら、どうなる事やら。

但し、今回私が話題にすることは、その方面の問題ではなく、東京のとある公園に居た蚊からアッと言う間に16都道府県へと広がったことです。

代々木公園は名前こそ知れ、終ぞ行ったことはないのですが、1,2週間の間にこれ程多くの人々が行きかう公園なのだと、改めて思いました。

現在は閉鎖されているわけですから、本当に一月弱の間に日本中の人が代々木公園付近を訪れていたわけです。

これが渋谷や東京駅なら未だしも、車や電車で通り過ぎたわけでなく、<蚊>に刺される程度にその場所に滞在していた訳ですから、本当に驚いています。


常々「東京一極集中は問題だ」と言ってる私ですが、まさかこれほどとは思っていませんでした。

一億2千万人以上が住む日本ですが、その富の半分以上が東京とその周辺に集まっているといっても過言ではありません。

私たち建設分野で言えば、全国の住宅着工数の40%、金額の50%以上が東京周辺で使われています。
ちなみに、中京圏は10%と言われています。

人口は愛知が740万人、三重が180万人、岐阜が210万人、静岡も入れて1500万人がやっとですから、全人口の11%とほぼ納得です。

東京は都が1300万人、神奈川が900万人、埼玉、千葉で1340万人、合計3540万人と全国のほぼ30%だが経済力は50%以上と言うことになる。

今回は「デング熱」と言う、ほとんど人の命に関係ない病気でしたが、とてもいいテキストになったのではないでしょうか?

まず、感染症予防対応は殆ど機能しない。(全国に患者が続出してから公園を閉鎖しても遅い)

専門家チームを発足させるわけでもなく、場当たり的対応を続けている。

今後、様々なケースの「東京発問題」が考えられる良いケースとして、対応を考えたらどうか。


来年3月から北陸新幹線が開通し、東京―金沢間が2時間30分で結ばれるそうです。

金沢は本来中部圏の北部に在る中核都市であり、将来の日本を道州制として考えれば、名古屋との直通ルート(現在は鉄道も道路も4時間以上掛かる)を模索するべきでは。

2時間30分なら日帰り圏内として、東京からは勿論、金沢の人たちも東京へ目が向くのは当然でしょう。

今までは、東京本社の下名古屋支社の下金沢支店だったのが、東京本社直轄金沢支店になるのは時間の問題です。

つまり、北陸は首都圏に組み込まれるのです。

信州は長野新幹線が開通して東京圏に組み込まれた感じですが、中山道や軽井沢を擁する県としては、東京により親近感を感じるのはやむを得ない感が有りました。

しかし、富山、金沢は中部、と言う意識が強いのは私だけでしょうか?


かつての江戸時代、参勤交代と言う苦行を地方大名に課し、この国の中心は江戸に有り、人、モノ、金、全てを江戸に集めたところから、中央集権国家はまるで都市国家のようです。

日本の財政は毎年赤字となり、国債(借金)で賄って20数年、現在の国債発行残高は750兆円を超え、国の年間予算の10年分にもなっていますが、この間も東京都は国税の再配分である地方交付税交付金は受け取らずに(地方ではないかもしれないけど)ほぼ健全運営、都債は発行しているものの、平成25年の残高5兆円強と、年間歳入費6.6兆円を下回っています。


なぜ黒字の都が借金をしているのか?と言えば、日本の予算組みが単年度だからです。

下水道や高速道路などのインフラ事業は単年度では終了しませんし、回収することも出来ません。

そうした、都市のインフラ財源は5年物とか10年物の都債になるのです。

日本全体では、鉄道インフラはいち早く民営化(国鉄からJRへ)、高速道路も維持管理は民営化(何故か建設は未だに国の予算)、郵便事業と金融業務も民営化(郵貯銀行)、水道や下水は元々地方自治体運営、そんな中で住宅都市整備公団は民営化されず、UR(都市再生機構)と名称変更して、実質的な国営企業として残っています。

横道にそれそうですが、詰まる所、政治と経済、そして人(文化ともいえる)が東京に集まってしまった日本は「非常に危うい」と感じるのです。

「東京こけたら皆こける」のが現状ではないでしょうか?

東京に危険な「ウイルス」が持ち込まれれば、瞬時の内に日本全国に感染し、地下直下型の地震が発生すれば、経済、政治、流通ほぼ日本のポテンシャル(機能)全てがストップするのです。

東日本大震災の時、西日本は正常に機能していながら、関東から東には何も送れなかった事実は東京に大きな被害が無いにも関わらず、パニックになり、有る筈の燃料や食品、日用品まで店頭から姿を消し、運送手段まで麻痺してしまったのです。

震災復興は勿論大事ですが、新たに想定される震災にどう備えるか?の方が大事ではないでしょうか?

<地方の時代>とか言いながら、一向に中央集権、一極集中を変えないこの国の人々は、懲りない民族と言われることになりそうです。
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# by kzhome | 2014-09-29 09:14  

デング熱に思う東京一極集中の怖さ

最初は3人の感染者だった。

8月23日のNHK番組「週刊深読み」で出てきた日本を代表する感染病対策のエキスパート?

とふれこみのA氏、「デング熱は怖い病気ではないし、新潟で2名、埼玉で1名出ていますが、
大きく拡大する恐れは有りませんから、心配しないでください」とおっしゃる。

あれから3週間も経たない内に、100人を超え、北は北海道、西は九州まであっという間に広がってしまった。

北海道のような本来感染媒体の<ヒトスジシマカ>が生息しないところはともかく、関東より西の温暖な地域では、感染者がその土地の<蚊>に刺されれば、また新たな感染源となる。

私はこの話題を聞いた瞬間に、感染者が新潟と埼玉で、共通点が最近「代々木公園」を訪れた事、
などから確実に拡大するだろうと、感じました。

感染者が何百キロと離れた処で発症し、少なくとも2か所存在した時点で今回の事態は予測出来たはずです。

福島第一原発事故の時の報道と一向に変わっていない、希望的観測と国民への愚民扱い。
またぞろ繰り返された訳です。

疫学のエキスパートさんがこの程度では、もっと恐ろしい「エボラ出血熱」となったら、どうなる事やら。

但し、今回私が話題にすることは、その方面の問題ではなく、東京のとある公園に居た蚊からアッと言う間に16都道府県へと広がったことです。

代々木公園は名前こそ知れ、終ぞ行ったことはないのですが、1,2週間の間にこれ程多くの人々が行きかう公園なのだと、改めて思いました。


現在は閉鎖されているわけですから、本当に一月弱の間に日本中の人が代々木公園付近を訪れていたわけです。

これが渋谷や東京駅なら未だしも、車や電車で通り過ぎたわけでなく、<蚊>に刺される程度にその場所に滞在していた訳ですから、本当に驚いています。



常々「東京一極集中は問題だ」と言ってる私ですが、まさかこれほどとは思っていませんでした。

一億2千万人以上が住む日本ですが、その富の半分以上が東京とその周辺に集まっているといっても過言ではありません。

私たち建設分野で言えば、全国の住宅着工数の40%、金額の50%以上が東京周辺で使われています。
ちなみに、中京圏は10%と言われています。

人口は愛知が740万人、三重が180万人、岐阜が210万人、静岡も入れて1500万人がやっとですから、全人口の11%とほぼ納得です。

東京は都が1300万人、神奈川が900万人、埼玉、千葉で1340万人、合計3540万人と全国のほぼ30%だが経済力は50%以上と言うことになる。
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# by kzhome | 2014-09-12 18:02  

鮎小屋が懐かしい part2

その店は名称も「鮎の庄」と改められ、大きなはめ殺しのガラスが特徴的な、お洒落なお店でした。

外回りには小振りな樹木を茂らせ、都会的な雰囲気が漂っています。

中に入ると、風除室が有り、冷暖房の効き具合は想像できます。

残暑でしたが、入れはひんやりして、とても快適です。

入口近くに鮎を焼いている釜土が垣間見えますが、空調が効いて、快適そうに焼いています。

その奥、窓際には間仕切られた個室が二つ、その先にゆったり6人が座れる大きなテーブル席が4、中央にワゴンやプランターが置けるスペースを隔てて同じく6人掛けのテーブルが3、パーテーション越しに宿泊客用(?)の席が相当数あるようです(見てはいませんが)。

到着したのが5時20分、以前の「鮎小屋」なら、当然のごとく行列が出来、何番目かの署名になるはずが、スムーズに着席、頼んでもなかなか出てこないはずの塩焼きも間髪入れずと言えば些かオーバーですが、5分と待たずに出てきました。

生ビールを頼んだのですが、ひんやりした店内では、最初の一杯で体が冷えてしまい、日本酒に切り替えることに。

冷奴も素麺も依然と変わらず美味しいのですが、あの暑さの中で頂く味が最高だったので、お酒も一本で充足してしまいました。


かつて、名古屋市内の行列が出来る串揚げ店として有名なお店を移転、新装開店させた時、元の店はカウンターのみの10席だけ、僅か10坪。

新店は、40坪の広さになることで、カウンター席だけでも25席、それでも半分位のスペースが残っていました。

確かに以前のお店は、カウンターに座った後ろにぎっしりと待ち客が並んで、奥の席から帰ろうものなら、人をかき分けながら、の有様でした。

人の心理は微妙なもので、行列が出来るほど流行っていれば、なお食べたくなるもの。

簡単に座れると、何となく価値が下がったような気になる。

そこで、オーナーが望むテーブル席をファミリー用の一室のみとし、後ろに立たれる圧迫感を避ける為にウエイティングコーナーを設けたのです。

12年経ちますが、今もその店は繁盛しているようです。(テナントとして入ったビルを買い取ってしまったそうです)


オーナーの気持ちとしては、お客様を待たせる事への気使いや、暑さに苦しむ従業員への思いやりでもあり、客席の数も「あれだけ並んで頂いたのだから」と2倍、3倍にしたくなるもの。

すると、確かに行列は無くなります。

ところが、客側にしてみると、行列を覚悟して遠路到着してみると、あっさり座れてしまう。
何か物足らなさを感じるのは、わたしだけだろうか?
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# by kzhome | 2014-09-12 12:48  

 鮎小屋が懐かしい

商売は難しいものだなあ、と感じる事が有りました。

私には、年に1度、無性に鮎が食べたくなる時があります。

こんな気持ちになるのも、元々は川魚が得意ではないはずの私に鮎のおいしさを味あわせてくれた方が富山県の高岡市で家具屋さんを経営しているSさんでした。

Sさんとは、その後ショウルームのキッチンやモデルハウスのキッチンなどをご購入頂き、
北米にもご一緒させて頂きました。

そのファーストコンタクトの折りに案内してもらったのが、今回の話題の舞台「川金」です。
本来「川金」は温泉旅館で荘川温泉郷の中に有ります。

しかしながら、一般に「鮎小屋」が有名で、温泉旅館としてより、鮎を目の前の炭火で焼く
店は遠く関西や関東からも人を呼んでいました。

建物は、本館の旅館とは別棟に建てられ、木造の東屋風な造り。

手洗いも外で、鮎の塩焼きは、まるで通路のような場所で大きな釜土を利用した素朴な感じ。

焼き手は、頬まで赤くして滝の汗をかきながら一本一本丁寧に串刺ししながら焼いていました。

囲炉裏造りのテーブルが5卓しかなく、4人掛けと6人掛け、合わせて25人位しか入れない事もあり、夏の盛りから秋にかけての子持ち鮎、落ちアユの最盛期には、お昼は11時から営業なのですが、10時半には行列が出来、11時開店には何十人もの列が出来ていました。

昼すぎても列は増えるばかり、12時過ぎに行けば、食事出来る頃は3時過ぎ、お店の休憩時間が3時から5時なのですが、並んでいる人を捌ける頃には4時が過ぎている程でした。

焼きたての鮎が美味しいのは勿論ですが、「大門そうめん」や「清流豆腐」が絶品、すっかりファンになった私も遠方のため、年に一回程度行くのですが、12時過ぎに着いて待ち時間を聞くと2時間とか3時ぎりぎりとかなってしまい、その間に日帰り温泉に浸かったりしました。(それでも時間が余る)

漸くありつけた鮎小屋には真夏にも拘らずエアコンは無く、窓を全開にして蝉時雨の中で食べます。

外は暑いのですが、老舗旅館の庭ならではの松やケヤキ、楠の大木の木陰のお蔭(洒落?)

で、以外にも涼しい。並んでいた時かいた汗がゆっくり引いていくのが解る。

素朴な囲炉裏のテーブルの淵に置かれる料理と、頼んだ鮎の串刺しを豪快に灰に突き刺して置いていく店員さん。
体長15センチほどのやや小ぶりの鮎が、あっという間に10本、15本と口の中に入ってしまいます。

ほろ苦い「うるか」を箸で摘み、キンキンに冷えた生ビールをのどに流し込む。クー!

しかしこの「鮎小屋」、今はもう有りません。
2年前、久々に訪れたそれは、駐車場になっていて、その横に近代的な鉄骨建築のお店が!



次回に続く…
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# by kzhome | 2014-09-10 17:02  

リベンジ(椋岡の家完成見学会)


8月9日10日の両日、完成見学会を開催しましたが、真夏の日に涼しく過ごせる快適な家造りを体感して頂こうとした目論見は、時ならぬ台風によって微塵に砕けてしまいました。

悪天候にも関わらず10組近くの方々にお越し頂いたのも有難い事実ですが、やはり本来の夏の日差しの中での見学会を実施したく、再チャレンジすることにしました。

お施主ご入居後でもあり、ご予約の方先着10組様までの限定となります。
ご予約は弊社ホームページから、又はお電話とさせて頂きます。
夏休みの最後の土、日曜日8月30日、31日それぞれ午前5組午後5組
AM10時~11時30分、PM1時30分~3時の2部制です。
是非この機会をお見逃しなく。
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# by kzhome | 2014-08-18 13:53 | 見学会  

椋岡の家構造見学&セミナー

構造見学会と言うと何か難しいそうで、「見ても良く分からない」などと思われがちですが、
住宅展示場へ行っても、パンフレットを見ても、良くわからないのが実態です。
今回は、1、地盤の事、(傾斜地のため、調査と改良工事に苦心しました。)
2、基礎の事、(スキップフロアーの基礎なので、4段階のコンクリート打設)
3、木造住宅の木の事、(日本の木、世界の木の話、木の強度とは)
3つの事を出来るだけ判り易く、現地で説明します。
(家づくりをお考えの皆さんに是非知ってもらいたい木の話)
日本の一戸建て住宅の90%は<木>で造られています。
しかし、その80%は外国産の木です。
つまり、国産材の木で造られる部分は僅か2割しかないのです。
国土の68%が森林でその内建築用の木材(杉、桧など)は62%も有る日本なのになぜ?
第二次大戦後、焼け野原になった国土に建築ラッシュが起きました。
桧や杉は飛ぶように売れ、切った片端しから針葉樹を植えました。
それだけでは足りず、当時安価だった北米材などを輸入することになったのです。
最初に輸入されたのは、米松(ダグラスファー)は、梁や桁など<横架材>でした。
それまで使われていた<地松>は、植林されない自然林のため、すぐに枯渇したためです。
ここまでは、山林業者も気にも留めませんでした。
なぜなら、天然林のため元手が掛からず、杉や桧が売れ続けたためです。
しかし、輸入業者はその牙城を狙いました。
杉や桧に代わる材料を探し始めたのです。
それが、現在広く使われているホワイトウッドやヘムロックです。
これらの木は成長が早く、植林後30年で建築用材として使えます。
米松も最初は非常に目が詰まった良材が輸入されましたが、北米の建築ブームと共に良材は入手困難になり、価格も高騰、現在輸入されているものは昔の面影もありません。
でも、面白いことに、現在国を挙げて国産材使用を訴えているのに、米松は<国産材>として認められる木材です!
「何時から日本に米松が育ったのだろう」と思ったら、さにあらず、丸太で買った木材を「日本で製材」したら国産材だと認める法律を造ったのです。
先程出てきたホワイトウッドやヘムロック(米栂)は白アリや腐朽菌に極端に弱く、成長が早い分、強度も足りません。
とても本来、構造材として使える代物ではないのです。
米松も戦後まもなく輸入されたころのそれは、日本の<地松>に勝るとも劣らぬ強度がありましたが、ここ20年その質は極端に落ちています。
にもかかわらず、国土交通省の米松の評価は依然のままです。
<評価>と言うのは、国交省が決めた(調べた?)木材の基準になる強度の目安があり、それぞれ、木材ごとに圧縮、引張強度、曲げ、せん断の4種類の強度値とそれを表す数値として<ヤング係数>(E値)を告知しています。
つまり、設計段階で構造計算をする際にはこの数値で計算され、実際に使われる木材を測ったものではありません。
あなたは、信じられますか?
木材は言わずと知れた<天然素材>です。
自然界に存在するものは2つと同じものはありません。
あなたが2人いないのと同じように。
<木>も一本一本個性が有り、強度も異なるのです。
回りに阻害するものが無く、ゆったりとした空間に十分な肥料や水があれば伸び伸びと早く大きく育ちます。(つまり、年輪は粗くなります)
回りが窮屈で厳しい自然環境に育った<木>はなかなか大きくなりませんが年輪は細かくなります。
当然、年輪の細かい<木>の方がヤング係数は高い数値を出します。
つまり、「同じ杉でもその育つ環境によって強度は異なる」と言うことです。
例えば、国交省の告知によれば、「杉」のヤング係数は<E70>となっています。
米松は<E110>ですから数値だけを見れば、米松が強いことになります。
しかし、それは過去のデータに基づく平均値であり、直近でも平成12年の集計です。
つまり、15年以上も前のデータと全国から集めた平均値なのです。
実際に使われる<木>は平均値ではありません。
<ある場所>に育った<ある木>なのです。オンリーワンなのです。
例えば、<東濃桧>はブランドですが、その一本一本は異います。
建物の強度を出す時に、柱の強さがバラバラだったら正しい強度は出ません。

最近は、食料品などの生産者を明記や、産地やその成分を表示することを義務付けています。
ただ新鮮な野菜、と言うだけでなく、生産者の顔が見えれば尚安心感があります。
確かに口に入れる物は、怖いですから納得にするまで慎重になるのですが、家の骨組みになる<木>はどうでしょうか?
どこの産地か、は気にしますが、どの山の何年育成なのか?本当の強度はどれほどなのか?など一切公にされては来ませんでした。(計測自体がされていません)
まして、生産者など全く判らないのが実情なのです。(明確に出来ない)
家は安全でなくてはなりません。
口に入れる食品と同じくらい、人の安全に大事な要素ではないでしょうか?
生産者が判り、生産者と施主(建て主)が双方で知り合うことで、責任が生じ、安心が生まれるのではないでしょうか?
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# by kzhome | 2014-05-30 14:53  

山を考える。


住宅用木材を国産材に!としばらく前から国が言い出した。
木材利用ポイントや、地産地消の推奨もその一環です。
工務店に補助金までつけてキャンペーンし、そこへこの消費税駆け込み騒ぎ。
少し前まで国産材市場占有率は20%も切って18%まで落ち込んでいたのが、
昨年は22%まで上昇。
そこでどんなことになったか?
価格も急上昇、何と2年前の2倍近くの物も有ったり、お金を出しても買えなかったり。
山林業者は喜んだでしょうか?
残念ながら、お金は中間業者で消えて、山林、林業者へは届かなかったのです。
そこで新たな問題が判明します。
これ以上の生産力が無くなっていたのです。
戦後すぐに不足した木材を海外から輸入し、国産材の市場を奪ってきました。
30年以上そのような時代が続いたため、山林は後継者を失い、国土の68%が森林で、その62%が建築用資源の杉や桧が有るにも関わらず、それを育て市場に出す労働力を失っていたのです。
<育てる>と書きましたが、杉や桧は自然林には成り難く、人の手入れが必要だそうです。
健全な杉桧の林を育てるには700ヘクタール(20万坪)に毎日20人の職人さんたちが必要だそうです。
頑張っている業者ですら2人(10分の1)が確保されているのが現状です。
30年の空白はあまりにも大きく、また、一本の木が成長するには最低でも数十年の単位が必要なため、にわかに需要が沸いたからと言って、「おいそれ」と出荷出来ないのです。
農林水産業と一口に言われますが、とりわけ林業は100年単位の構想を持たなくてはいけないようです。
森林資源は、化石資源の無い日本にとって、水資源と並び最重要資源と言えます。
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# by kzhome | 2014-05-21 16:01  

山笑う

俳句の季語に「山笑う」とあるのを御存じでしょうか?

季節は<春>、丁度今時分の季節を表すのだそうです。

冬の間まるで枯れ枝のように葉を落とした木々に新芽が膨らみ始めると、枝先がほんのりと綿毛を付けたようになり、何となくぼやけた様子になります。

それを、遠くから見ると、山が笑ったように見える様を言うのです。

3月23日、あまりの陽気につられて、遠出をしました。

久々に東名を東へ向かい、三河山間部を通り、新東名方面へ行くと、正しく「山笑う」現象が顕著になって来ました。

更に東へ、久々の富士山を拝みながら伊豆半島へ入ると、なんと山は大笑いしているではないですか。そうです、今すぐにも芽吹きそうな新芽を蓄え木々は大笑いしているのです。

案の定、お目当ての「河津桜」は満開どころか、葉桜満開の状態、諦めて日帰り温泉に浸かって帰りました。

「今頃来ても遅いよ」って大笑いされているような気がしました。


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# by kzhome | 2014-03-28 14:18  

店舗と住宅

昨年の10月から掛かっていた店舗「ファームレストラン黒牛の里」が完成しました。

この間、新築住宅はお休みしていました。

弊社が普段建てている住宅のほぼ3軒分の建物です。

お店なので工期は厳しく、4か月で厨房の先行引き渡し、5か月で建物引き渡し、6ヶ月目にはオープンするスピード工事です。

そして、今回のテーマ「100年先も愛される店」として、長耐久な建物にすること。

ならば、一般的な店舗で使われる新建材や装飾は一切使えないことになります。

基礎のコンクリートもいつも通り基礎断熱工法による保護をし、土台に<レッドウッド>を使い、ホウ酸による防蟻処理もします。

外壁構造用面材には<モイス>を使い、最終仕上げには<スイス漆喰>を塗る念の入れ様。

板壁は<レッドシダー>、一部に擬石を使ってはいますが、十分な耐久性を維持しそうです。

屋根瓦は島根県石州で生産されている何とも渋みのある<石州瓦>を使いました。

この瓦は、焼成温度が高く、豪雪地帯の島根県でも凍害の被害が少ないそうです。

この地方三州瓦も釉薬を塗ることで凍害を防ぎますが、焼成温度はそれほど高くありません。そのため、長耐久と言うことになると、疑問が残ることになります。

構造体はツーバイシックスですから、全くと言って良い程、住宅と同じ仕様です。

サッシは、店舗性から木製にしましたが、メンテナンス次第で長持ちするでしょう。

ペアガラスなので、断熱性能もUファクターで<2>を切っています。

壁の断熱は工期と予算から水性発泡フェノールにしましたが、セルロースファイバーの<0.04>に対し<0.032>の熱抵抗値を持っていますので、十分な性能を期待出来ます。

冷暖房機器のスペック(能力)が小さくて済むことは、光熱費の抑制にもなるわけですから、コスト削減に繋がります。

実際に、当初設備設計されていた冷暖房機の能力26馬力から16馬力に変更でき、それでも最少の運転エネルギー(省エネ運転)で可能な暖房力が実証出来ました。

夏の冷房時はまだ実証出来ませんが、屋根パネルに<シップスパネル>を採用。

これは、ツーバイシックスの厚みの中(140ミリ)に発泡スチレンを充填し、防蟻処理したOSB合板でサンドイッチしたもので、断熱性能は<0.032>を誇ります。

この夏はエルニーニョ現象で冷夏の長期予想ではありますが、どうなるか楽しみです。

ソーラーパネルを幾らつけても、冷暖房エネルギーの無駄遣いをしたのでは、追いつきません。

全国にあるコンビニエンスストアで、ペアガラスの建物などあるでしょうか?

大きなガラス面を持っていて、冷蔵庫はオープンのまま使用していますね。

恐ろしい程の熱エネルギーロスをしているのですが、照明器具を蛍光灯からLEDに替えたり(消費電力的には1Kw未満)、夜間の照明を少なくして、「省エネに協力しています」みたいなジェスチャー?に呆れるのは私だけでしょうか?

いや単に知らないだけかもしれませんが。

さて、本題の店舗と住宅のお話に戻ります。

今回のような郊外型の独立店舗では、<冷暖房の質>の良し悪しはとても重要と考えます。

<冷暖房の質>とは、どういう意味か?

よく見かける天井カセット式エアコンは、冷房時は下へ吹き出すことにより、そこそこ効き目があるのですが、暖房時には、天井が高ければ高いほど、上昇気流により、熱は天井部に集まり、足元まで来ません。従って、暖房の効きが極めて悪くなってしまうのです。

エアコンの設定温度をいくら上げても、温まるのは天井ばかりで、足元に暖かさは来ません。

これでは、ゆっくり食事どころではなく、冷えたビールなどとんでもない事です。

また、石油ファンヒーターなどでは、嫌な風が対流し、空気を汚す原因を作ってしまいます。

大型の自立型エアコンは、遠くの人には快適ですが、エアコンの前だったりすると、風と音のダブルパンチで大変です。

まして、床暖房のような非効率な暖房ではランニングコストが持ちませんし、冷房仕様が有りません。

では、どうすればいいのか?

百貨店や高層オフィスで使われる、ファンコイルユニット式冷暖房にするか、温水又は冷水をパイプに流して冷暖房するパイピングシステムのいずれかしかありません。

前述のファンコイル式は、実は住宅の全館空調システムで使っている方法です。

熱源機を室外に置いて、冷媒管を伝って室内のコイルに送り、そこで温めたり、冷やした空気を送風機を使って天井や壁から吹き出し、送風機の負圧を利用して、床付近や壁からリターンさせ、また温めたり、冷やした空気となって、部屋中をめぐらすのがそれです。

パイピングシステムは、空気を動かさず、室内にむき出しのコイル状の物を直接温めた温水や冷水で暖冷房するシステムです。空気を一切動かさないのが特徴です。

この方式は主に寒冷地のヨーロッパが主流で、冷房時にはパイプに結露が生じるので、知多半島のような、高温多湿になる夏には、不向きと言わざるを得ません。

コストも一番高くつきます。寒冷地の北海道やヨーロッパには向いているかも知れません。

そこで、採用したのは、ファンコイル式の冷暖房システムでした。

快適な空間で食事をする。見た目だけでなく、空気も大切であり、テーブルや椅子などの肌に触れる全ての物が心地良くあるべき、と考えました。

(設計の成田氏は、「心地良いと長居するので、お店には良くない」と言ってましたけど)

地下街の喫茶店ならいざ知らず、2千円以上の食事をする店の椅子が快適で無い方が良いとはとても考えられません。

店舗なのにまるで住宅のような仕様にしたのは、食事をする店だからです。

非日常的な空間でありながら、我が家のような寛ぎを感じる店。それが目標でした。

是非、一度お立ち寄り頂き、感想を頂戴出来れば幸いです。


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# by kzhome | 2014-03-19 16:28  

地盤改良コンサルタント

先日、Aさんが「2年前に家を建てたけど、地盤改良に300万円ほど掛かった。
41坪の2階建て軽量鉄骨ですけど、そんなもんですか?」と問いかけてきた。
 予てから、「ハウスメーカーの地盤改良費用は高い」と聞いていたが、本当のようだ。
 土地の以前は<水田>だったのだが、建坪(1階の床面積)が25坪程度とすると、
鉄柱杭が30本程度、ハウスメーカーの説明では13mまで地盤不良だったそうだが、
木造で考えると、仮に13mも不良だったとしても、改良杭を支持基盤まで届かせる必要はありません。
何故なら、直径50センチのコンクリート杭や砕石杭の支持強度は、表面積の摩擦係数で計算されるため、3m以上は殆ど必要のない長さになるのです。
勿論、水の中や砂の中のような、殆ど摩擦が期待できない地盤であれば別ですが、一般的な水田などは、2~3m下の土は粘土質や比較的水捌けの悪い地質です。
(そうでなければ、水田になりません)
 
地盤調査や地盤改良は契約後になる場合が殆ど(土地が自己所有なら)ですから、その結果から逃げることが出来ません。
基礎やその下の地盤に関しては、素人では判断できません。
「このままでは危険で、地盤改良が必要です」と言われたら従うしかなないのです。
最初に挙げたAさんの例は、軽量鉄骨住宅の問題もありますが、明らかに「オーバー
スペック」(過剰仕様)か、異常価格(適正価格100万円程度)です。

地盤改良は独立した工事で、その上の基礎工事とは分離して考えることが出来ます。
Aさんのような事例は後を絶たないのではないでしょうか?

地盤調査と地盤改良は契約前に確認することをお勧めします。
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# by kzhome | 2013-10-03 10:59  

ドイツのサッシ

この夏は、また猛暑でしたね。皆さんの家の暑さ対策はいかがですか?

7月の下旬から耐震改修ならぬ断熱改修をしました。
施主は設計事務所の自宅。
30年近く前に建てたその家は、現在の私たちの知識からすると<ほぼ無断熱の家>。
昼間の家の中はエアコンをかけないでいると40度近くまでにも。
ローンも終了したので、ここで思い切って外壁と屋根を張り替える事にし、ついでに開口部をすべて断熱仕様にすることにしました。
当初、木製で考え、国産のサッシメーカーを探していたところ、長野県でこれから製造販売する企業を見つけ、早速工場見学を約束。
見れば10人程度の小規模な木工場ではあるが、最新の設備をイタリアから取り寄せ、若い社長に若い従業員ばかり。
これはイケル。
そんな思いを抱きながら、同じ長野に木質繊維板の外張り断熱をしている会社があるので
折角来たついでにそちらにも寄り、施工現場を見せてもらうことに。
施工事例を見せてもらいに現場へ行くと、使用されているサッシはなんとドイツ製でした。
木質繊維板の厚みがあるためアメリカのサッシは使いづらく、できればヨーロッパ型のサッシにしたいと思っていた処なので渡りに船、施工の収まりを見るのにちょうどいい。
思わず「これってどちらから手に入れてるのですか」と聞いてしまった。
O社長「これはドイツから直輸入しています。家内がドイツ人で、親戚がサッシを生産しているんです」とのこと。
「何、奥さんがドイツ人!」
「しかもサッシメーカーが親戚!」何ということでしょう。
「よろしかったら入手価格でお渡ししますよ」と優しいお言葉。
O社長いわく、「沢山買うことによってバックリベートが有るし、家内の顔も立つ」そうだ。

後日、木製サッシメーカーをめざす社長が半田へ来て、打つ合わせをしたのだが、どうも煮え切らない。
理由を聞くと「トリプルガラスが安く手に入らない、日本ではペアまでが一般的でトリプルは特殊扱いになってコスト高になる」とぼやいた。
N設計士には限られた予算で最高のパフォーマンスを求めたい夢がある。
なにせ30年我慢したのだから、「どうだ、やってよかっただろう」と奥さんにも言いたい。
今更ペアガラスは選択枝にない。
弊社の仕入先にAGCガラス(旭硝子の100%子会社)があるのだが、まさかガラスを支給するのも失礼な話と、言い出さずに我慢していると、どうやらM社長も仕入先メーカーは旭硝子らしい。
3か月の交渉の結果、価格的に無理なことが判った。
やむを得ず、O社長に<ドイツ製樹脂サッシ>を頼むことに。
万が一の話が現実の話になった。
価格はほぼ想定内に収まり、後は入荷を待つばかり。
ヨーロッパから送られてくるとなると3か月後になる。
オーダーメードなので寸法は1ミリ単位の発注が可能なのだが、納期はかかる。
4月に発注し7月にようやく届いた。
本来は5月の梅雨前にサッシ取り付けと行きたかったのだが、やむを得ない。
サッシが届いたのが7月20日、解体作業開始が7月25日。
超がつく炎天下のなかの断熱改修になってしまいました。
さて、いよいよサッシ本体の取り付けになり、開梱すると、そのガラスに貼ってあるシールの文字に見覚えがある。
なんと<AGC>の文字だ。
推測するに旭硝子のヨーロッパ子会社が生産したガラスではないだろうか。
世界的ガラスメーカーの旭硝子は当然のことながらヨーロッパにも生産拠点を持つ。
そして、ドイツでは住宅用ガラスは2012からトリプルガラスが義務付けられ、2014年からEUの大半がトリプルガラスを法制化する事実からガラスメーカーはトリプルGを生産する必要があるのでしょう。
本家、日本の旭硝子(武豊にも工場がる)は造ってないが、遥かヨーロッパでは当たり前に造っているのだな。
ガラスと言えばこんな話もあった。
日本の防火基準に<網入りガラス>を義務付けている場合があるのだけれど、北米にはそのようなガラスは造れない。そこで日本からガラスを輸入し、アメリカで組み立てて、日本へ輸出している。
誇らしいような、ばかばかしいような、現地の工場で話を聞いた時は複雑な気分になった。
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# by kzhome | 2013-09-07 11:23  

長期優良住宅って本当の姿は?

先回のブログで官僚と大企業の癒着ぶりを書き、思い当る事がもう一つあった。
5年前の福田首相の時に急に持ち上がったのが、日本の住宅の短命問題に対する
 政府の政策として、<長期優良住宅制度>だ。
 その名前を最初聞いた時は、ようやく日本もそこに気が付いて、少しはまともな家ができるかな。
 なんて、暢気な感想を持った私がいた。
 ところが、その制度の中身を見て驚いた。
 <家の長寿命化>には<メンテナンスと定期点検>を前面に出して、本質的な家の
構造や、性能は現行のままなのだ。
 日本の家の短命化は戦後の家の事で、特にハウスメーカーが作っているような新建材で固めた、シックハウスそのものだったはずだ。
 戦前に造られた家は、建材にも恵まれたかもしれないが、手直しをすればまだまだ住み続ける事が可能な建物が多かったが、戦後、特にハウスメーカーで作られた家は、間仕切りの変更も出来ず、仮に出来ても根本的な傷み方でリフォーム不能が現実だ。
 その事実を何とか隠そうと、国のお墨付きと補助金を取り付けて、まるで車を買わせるように、車検制度ならぬ<長期優良住宅メンテナンス記録>として、購入したハウスメーカーに点検させ、<ユーザーを囲い込もう>と言うのが実態である。
補助金が出る物件は、メーカーは値引きをしないので、いくら高い建材資材でも顧客は購入するしかない。施主支給など絶対にできない。
 正に官民一体になった囲い込み商法に引っかかったようなものだ。
 <長期優良住宅>と言うと何か特別な基準とか工法が使われているように錯覚させるが、断熱基準は時代遅れ(欧米基準の20年は遅れている、中国にも)の性能で、耐震性能に至っては、震度6弱で被害が予想される耐震等級2でクリアーする有様。
 台風被害の多い知多半島では考えられないような棟換気や、時代遅れの通気工法を金科玉条のようにうたっている。
 これで、50年持つ家が出来るのかしら?
 まして、10年ごとに点検を受け、メンテナンスと称して高額な費用を積み立てるように義務付け、そのお金を囲い込むとは、よく考えた者である。
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# by kzhome | 2013-07-04 09:25  

位相のずれ 続き

 こうして見てくると、一口に断熱材と呼ばれても、使用用途によって別れる事が理解できます。
 今まで当たり前のように住宅に使われてきた<グラスファイバー>や<ロックウール>は、赤外線や遠赤外線に抵抗値がなく、夏の太陽熱を防ぐには適さないのです。
 北欧のような寒冷地で、夏の太陽は日光浴の対象程度にしかならない地域、日本では北海道や山間部の高地ぐらいが適当でしょう。
 ただし安価に出来るのは、製造物エネルギーを無視した結果ですから、大きな電力を使用する事実を忘れてはいけません。
 私たちは、自然界に生かされている動物です。
 猿や魚や昆虫と同じ生命体なのです。
 生まれて、生きて死ぬ。
 この自然の鎖から放たれることはありません。
 そう考えれば、自ずと何が必要で何が不必要な物,あるいは使ってはいけない物かが判ってきます。
 <衣、食、住>が人間の存続に不可欠な物とするなら、この3要素に自然素材以外の物を持ち込んではいけません。
 それは、人間の思い上がり、若しくは勘違いに他なりません。
 例えば、コンビニで売っているおにぎりの<異常にパリッとしている海苔>の真実。
 空気に触れれば瞬く間に湿気ってしまう海苔は、店頭に置かれて数時間も数日も湿気ることがありません。
 何と枯葉剤を利用してあの魔術を実現しているのです。
 家の建材も然りです。
 日本の家が近年、気密性を高めるに伴って<シックハウス症候群>や<アトピー性皮膚炎>が多発する事態になりました。
 それは、建材として当たり前のように使われている<ビニールクロス>やその<接着剤>さらには、フローリングと称して<接着剤>で固めた<合板建材>から大量に発生するVOC(揮発性化学物質)が原因です。
 1990年頃から顕著になったこの現象は、明らかに新建材によるものですし、欧米先進国では、極めて慎重に扱われて、まず住宅には使われていない代物です。
 ところが、新建材を生産、販売、使用している企業はハウスメーカーを筆頭に官僚を受け入れる天下り機構を持っています。
 そして、欧米並みに規制を掛けたら建材メーカー、ハウスメーカーは大打撃です。
 さすが東大出の官僚と大企業の優秀な経営者諸氏は、ここで一計を案じました。
 24時間の換気をすることにすれば、VOC濃度は一定に保たれる。
 そうすれば、ある程度のVOC発生は問題ないはずだ、と。
 それが、スター制度です。今、日本の新建材の殆どが4スター(F☆☆☆☆)です。
 スター制度は、ホルムアルデヒドなど揮発性物質を発散する建材の使用を制限するもので、4スターはそのなかでも<最上級の厳しい基準をクリアーしている物>です。
それ以下の3スターやダブルスターは、使用する範囲や面積に対する使用量を規制されるのですが、4スターを取ると、使用制限を受けず、どれだけでも使えるのです。
 私が聞いていた範囲では、建材メーカーは当初F☆☆☆☆を達成することは殆ど不可能であり、法律規制が入ると今までの建材は使えなくなるかもしれない、との事でした。
 ところが、実際に法規制が施行されると同時に各社がF☆☆☆☆で出してきて、全く今まで通りの流通状態でした。
 あの騒ぎは何だったのか、業界以外の一般国民には全く知らされない世界で、事態が起き、鎮静化して闇に消えていきました。
 本当に規制値をクリアーしているのでしょうか?
 「出来ない」と言っていたすべてのメーカーが簡単にクリアー出来たのは何故か?
 私は未だにF☆☆☆☆の表示を信用していません。
 VOCには、ホルムアルデヒド以外にも数えきれないくらいの化学物質があるのですが、スター制度では、その内の比較的クリアーし易い物質だけを規制しているようです。
 下地や人体に直接触れることのない場所でもない限り、使用を控えています。
 残念ながら、床下地や屋根下地は、剛性と変形の少なさ故に使用していますが、自然素材、例えば杉板のような物が代用できないか、と研究中です。
 話が横道にやや逸れましたが、いくら性能が高くても断熱材といえども使用場所を考えたいものです。
 現在、ケーズの家では基礎の断熱と外張り断熱に関してはEPS(発泡スチレン)を使っていますが、それはちょうど<下着を木綿のメリヤス>にして<コートにフリーズ>を着ているのに似ています。(ギリギリ許されるかなと思えますが)
 できれば、<下着が面100%でオールウールのセーター>みたいなのが望ましい。
 つまり、今回S邸で使用している<木質繊維系断熱材>で外張りすることで、単純な計算上の<熱抵抗値>だけでなく<熱の位相>により、夏涼しく、冬暖かい家をさらに進化させた。
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# by kzhome | 2013-06-25 10:31  

位相のずれ

今回、木質繊維系断熱材を使うことになって、概念では理解していたことを、学術的用語として初めて知ることになりました。
それが今回のテーマ「位相のずれ」です。
これだけ書いただけでは、何のことやら判りませんよね。
ところが、これこそは断熱学の最後の秘境(現代日本住宅建築にとって)ではないでしょうか?
窓の断熱については、アルミフレームの熱伝導率の問題点を徹底的に書きました。
ガラスは、究極に近い<トリプルガラスWLow-e>。
基礎断熱から屋根の遮熱シートまで、温暖な知多半島では、無暖房住宅の手前まで来た、と言えるほどです。
しかし、夏の暑さは、やはり冷房なくては、到底暮らせないのでは?と思える日があります。(もちろん、地域差はあり、風通しが良い場所は冷房いらないかも)
街中の通行が多い地域や、悪臭で窓を開けられない場所(半田市にはこの様な地域も存在する)梅雨で窓を開けられない、家の方位が真南でなく風通しが悪い、などなど。
家の中に熱気がこもる理由は多々あります。
在来工法で建てられた多くの日本の家屋は、壁の中に土が込められており、断熱の役割を持っていました。
しかし、その厚みは7センチほどで、熱伝導率0.76の数値から判るように本当の意味での断熱性能とは程遠い能力しかありませんでした。
まして、水分を多く含む泥土を藁とともに練り上げ、竹格子に塗り込むのですから
水分が抜け、乾燥するとひび割れは勿論、柱の回りに隙間が出来て、風を通すのですから、断熱になるわけはありません。
 ですから、冬はかなり厳しい住環境と言えそうですが、夏になる乾燥した土壁が湿気を吸収したり、ひんやりして涼しくしてくれたものです。
但し、それは庇を深くして壁に直接日光を当てないことが前提となるのです。
数寄屋造りは正にその作法にかなった建築といえるでしょう。
でもそれは、広大な敷地と法外な建築費を必要とします。
そこで、庇は60センチ程度、総2階建て、壁は殆ど太陽に曝される家が当たり前になってしまうのです。
そうした家は、壁に求めるのが、吸湿性だけでなく、<高い断熱性能>になるのですが、では本当にそれだけでいいのでしょうか?
私は、部屋内側、すなわち壁の中にはセルロースファイバー(木質繊維系断熱材)を吹き込み、構造パネルの外側にEPSパネル(発泡スチレン)を貼り付け、モルタルと防水化粧材を塗ってきました。
セルロースファイバーが熱伝導率0.040、EPSパネルが0.034、それぞれの厚みはセルロースが100ミリ以上、EPSが30ミリと土壁の倍以上の厚みになり、
熱伝導率を掛け合わせると、何と40倍の断熱性能があることになります。
 このように簡単に計算できるのですが、ここに一つの疑問があります。
 世の中にはたくさんの断熱材があり、グラスウールやロックウールのような<安価>な物もあり、性能と施工性だけで行くと<水性発泡フェノール>通称「アイシネン」に軍配が上がります。
断熱性能だけで言えば、高密度フェノール板が現在最も高く、熱伝導0.02以下だ。
 ではなぜそれを使用しないのか?
 それには2つの理由がある。
 一つは、湿度の吸放湿が殆ど出来ないこと。
 二つ目が、いくら断熱性能が高くても質量がない!事だ。
 質量とは、重量のことであり、発泡スチレンも同じ問題を抱えているわけだが、それをセルロースファイバーが補っているのです。
 スチレンもフェノールも同じ水性発泡なので、ある程度の透湿性は見込めるが、吸放湿性は求めることが出来ない。
 まして、高密度フェノール板とのなると、透湿性すら望めないだろう。
 断熱と結露は背中合わせ、高気密で高断熱だからこそ、透湿性が必要であり、さらに吸放湿する物質がそのバックボーンに欠かすことの出来ないアイテムだ。
 本題に戻りましょう。質量がないとなぜ問題なのか?
 同じ性能の断熱材であっても厚みや質量が違うことによる、<位相のずれ>がある事です。
 例えば、火災実験を試みたとしましょう。
 方やグラスウールの100ミリが入った木軸の壁、片や土壁の土蔵で同じ断熱性能なら19倍の1m90センチあるとしよう。
 グラスウールの外側は不燃材のサイディングが張られているので、直接の火がグラスウールには掛からないとします。
 ほんの数分なら反対側の壁まで熱くなることはないでしょうが、30分も炎を当てられたら、内側の壁面が熱くなってしまうことでしょう。
 では、1m90センチある土蔵(現実にはあり得ないかもしれませんけど)はどうでしょうか?
 全く変化などあるはずないでしょう。
 じゃあ、土壁をその10分の1、19センチ(190ミリ)にしたらどうでしょう?
 1時間炎を浴びせて、サイディングは真っ赤に焼けても土壁の全体が熱くなるには十分ではないでしょう。
 反対に、グラスウールは、サイディングが真っ赤になった時点で、融点である650度を超え、溶け出してしまう可能性があります。
 サイディングは不燃材ですが、熱伝導率は高く、ほとんど抵抗なく熱を伝えるので直接炎を受ければあっという間に、内部に熱を伝えてしまいます。
 これは、<単に熱伝導率だけでは、本当の熱の移動を理解できない>現象です。
 熱は言うまでもなく<エネルギー>です。
 質量も<エネルギー>に置き換えることが出来ます。
 つまり、いくら断熱性能(熱抵抗値)が高くても、質量がなければ大きな熱量に合うとすんなり熱を通してしまうのです。
 太陽の熱を想像してください。
 屋根に鉄板を置けば卵焼きも出来るぐらいに熱くなります。
 瓦は手で触れないくらいの温度(70度以上)にもなり、真夏なら10時間以上陽の光に曝されるのです。
 屋根の下に幾らグラスウールを大量に敷き込んでも瓦に溜め込まれた熱量を防ぎきることは難しい。
 なぜなら、瓦のような高密度な物質に溜め込まれた熱量は、遠赤外線となって放射されるため、グラスウールのような光線を透過する物質の場合は、その断熱性能が発揮
されずに伝わってしまうのです。
 瓦が最も温まる時間帯は、日照の一番強い12時ではなく2時から4時の間ですから、その後の4時以降に放熱されることになります。
 真夏の夕方から夜にかけて家の内が熱くなるのはこのためです。
 壁も同じ原理で、土壁が温まりピークになるのが、東面は正午頃、南面で午後2時頃、西面は6時過ぎになるのですから、よるになってから部屋内が熱くなるのです。
 その後、外気温度が下がるに連れて、東面はほぼ外気と同じ温度に、南面は蓄熱するので(日照時間が長いため)外気温まで下がらず、西面も同じく外気温が高い時間帯に日射を受けるので、蓄熱に回ってしまいます。
 <西陽を入れると暑い>のはそのためです。(朝陽と西陽は同じ太陽光なのに)
 ここでお気付きでしょうが、日中温度のピークは12時ではなく、2時頃になるのです。これは、大気の質量、地表や日照を受けるすべての物質の質量が、太陽光のエネルギーを蓄熱し、放射を始めるための<位相のずれ>です。
 真空の宇宙ならこの現象は起きず、太陽光が最も入射角を90度に近づけた時が温度のピークになるのですが、地球上では、2時間ほどずれるのです。
 その現象を遅らせるのが、これからの断熱材の役割になるわけです。
 2時間のずれを12時間にしてやると、夜中の12時過ぎが熱の到達ピークとなり、
深夜で最も外気温が下がる時間帯になってくる(実際は2時~4時頃)。
 分厚い土蔵の一定の室温はこの条件を満たしているのです。(続く)
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# by kzhome | 2013-06-20 11:54  

本当にこれで良いの? つづき

サイディングは、耐火偽装ではありませんが、製品上の欠陥の話です。
5年ほど前まで住宅外装材の90%以上を占める窯業系サイディング(木と粘土を混ぜ熱処理した板)は、厚み<12ミリ>が殆どでした。
海外でもサイディングは使われており、厚みで言えば<9ミリ>などが主流です。
では、何が問題か?
答えは、その使い方にあります。
海外でサイディングを使う場合、多くは下から順番に重ねて張る「ラップサイディング」
という手法が一般的なのです。
下から順番に張る上、重ね代がありますから、間違っても雨漏りすることはありません。
但し、デザイン的には、日本で言う「下見板張り」スタイルに限られてしまいます。
張り手間も掛かるし、好みが限られる為考え出されたのが、日本流サイディング。
サイディングの板を僅かな「実」(さね)と呼ぶ構造にして繋ぎ合わせ、凹凸無しに張る事にしたのです。
そうする事で、表面をタイル状にしたり、石目柄にしたり、様々な模様が可能になった。
ところが、木質繊維が含まれていたり、熱処理が甘かったりするのか、張り終わった後から変形する事例が続出。
縦張りならまだしも、横張り(横に目地が来る張り方)で変形すると、たちまち水漏れが起きて、壁の内側に雨水が流れ込んでしまうのです。
目地の隙間を<コーキング>と呼ぶ「シリコン樹脂」を充填するのですが、シリコンの耐用年数は、室内では10年以上持っても、屋外、特に紫外線に当たると3年程度でヒビ割れてしまいます。
壁のつなぎ目のヒビなどよく見ないと判りませんから、漏水していても気が付きません。
室内が何となくかび臭くなってきた時は、すでに構造材や断熱材も腐っている状態です。
30年ぐらい前から木造住宅の外装材としてほぼ独占的な地位をしめていた<サイディング>は、実は耐用年数3年以内の欠陥商品だったのです。
私も自宅を含め初期の家づくりは、<サイディング>でした。
15年ほど前、この問題に気付きそれ以降ラップスタイル(下見板張り)か縦張りしか採用しなかったのですが、縦張りにも問題が発生(目地が大きく開いてしまう)。
サイディングは使わなくなりました。
サイディングを使うと簡単に<防火認定>が取れるし、工期も材料費も節約出来る。
ローコスト住宅には、必須と言って良いほどの建材だった。
しかし、僅か3年で雨漏れの危険性があり、10年以上外壁の塗装をしなければ必ずと言って良いほど問題が出る材料を30年間売り続けてきたのです。
そして、驚くべきはその事実を一切公表することなく、5年前に突然、<ある学者>が「日本の外壁材は重みが足りない」とのたまって、もっと厚くするよう提案。
これを受けた形で???各製造メーカーは一斉に12ミリを止め、14ミリ、16ミリに規格を変更しました。(もちろん価格も上がりました)
未だかつて、学者の一言で製造規格を一斉に変えた物など日本には存在しません。
そうです。日本初の大事件でした
しかし、この場合もマスコミもメディアも一切騒がず、国民には何も伝えられないまま
新築住宅の外壁規格が変わったのです。
どうやら、12ミリでいくら工夫しても、変形を止められず、14ミリなら何とかなると確証を得たので、秘密裡に12ミリを止め、14ミリにする必要に迫られたメーカーが<一芝居打った>と勘繰るのは私だけでしょうか?
<製品に欠陥が有る>となったら、過去30年分の外壁の補償をしなければならなくなり、倒産は必至、ハウスメーカーも保険会社も危うくなる話です。
あまりに事態が大きすぎると騒げない、いい例?でしょうか。

サッシと言い、サイディングと言い、内需型の業者は世界の目に晒されない為か、<好き放題にやっている>としか思えません。
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# by kzhome | 2013-05-30 09:49  

本当にこれで良いの?

平成25年、花粉症の上に寒暖アレルギーの私にとって、今年ほど苦しんだ年は珍しいです。
本来、杉花粉のみの花粉症症状も、やれ<黄砂>だ<PM2.5>だ<寒暖差>だと、次から次へ襲ってくる鼻攻撃に、私の繊細な鼻腔は涙を流していました。
ブログを書く気分にもなれず、一体何時まで続くのだろう、と途方にくれていました。
先週になって気温が急上昇、とうとう真夏日(30°以上)になった途端、嘘のように楽になりました。
さて、愚痴はこれぐらいにして、今日の本題。
まずはサッシ業界のお話。
国民の皆さんにひた隠しにしているサッシ業界の怖い話を一つ。
皆さんはサッシに<防火認定品>と言う物があることをご存じでしょうか?
<防火認定>とは、国土交通省が認めた<防火及び準防火地域に使用しても良い製品>の事です。
<防火地域>とは、行政が決める<特に延焼を防ぐ必要のある場所>です。
例えば<準防火地域>、名古屋市の住宅地などは、ほぼ全域がこれに当たります。
知多半島でも半田市の中心地、名鉄とJRの線路沿いが概ねこれに該当します。
半田市の場合、その他の地域で住宅地は<22条地域>と言って、若干緩い防火基準になっています。
その<防火認定>を取っていたはずのアルミサッシが、実は<虚偽>だったのです。
本来ならマスコミやメディアが取り上げ、大問題になっても良いはずのこの話。
発生から3年近く経っても、一向に騒がれる様子がありません。
では、どんな話か?
アルミサッシの業界は、アルミ二ゥム製錬を国策として戦後の日本の屋台骨の一つでした。
官僚ともたれ合い、様々な無理を通して本来必要のない<室内建具>までアルミで生産、
結局は、日本人の魂である<手仕事>「指物師」を失ってしまったのです。
まァ、それはともかく、そのもたれ合い業界(日本アルミ工業会は天下りの受け皿)が仕切ってきた<防火認定許可証>が国交省の抜き打ち検査を受けた結果、現在使われているすべてのアルミサッシが<不合格>という、とんでもない事になってしまいました。
この構図は、5年前に不燃材認定を受けていた外装材が性能偽装した事と重なります。アスベストの製造禁止を受けてアスベスト工業会は代替品に苦慮し、偽装したのです。
そのからくりは、<アルミ工業会>が委託されていた耐火試験の実験を、実際に売り出している製品とは全く別の<試験用製品>を造り(つまり偽造)許可を取っていた。
そして、驚くべきことにその後約3年間、<耐火試験>に合格出来る製品を作ることが出来なかった為、従来の<不合格品>を使い続けていることです。
不合格と知りつつ通す<建築確認>、不合格と知りつつ売るメーカー。
そして建築会社(工務店はもとより、ハウスメーカーは全て承知)も同じでしょう。
今、新規のサッシを耐火試験することが出来ない状態だそうです。
全てのサッシメーカーが試験を受ける為、日本に一か所しかない試験場は予約で満杯なのだそうです。喜劇のようですが、日本の悲劇に他なりません。
防火地域で火災があったとして、延焼があったら保険会社はどうするでしょう?
素直に払うか、サッシメーカーに損害賠償を訴えるか、企業同士庇い合いうやむやに?
不燃板の場合は、ハウスメーカーなどは、製造メーカーに損害賠償させて現場対応しましたけど。

ここに面白い実験結果を伝えておきます。
耐火試験に合格しようとガラスも防火ガラスにしてアルミサッシで持ち込んだ結果。
開始僅か3分でガラスは跡形もなく破裂アルミのフレームはぐにゃり、社員はがっくり。
樹脂サッシを試験したところ、800°以上の炎に15分以上耐え、20分耐火に後一歩でガラスが割れたそうです。
22条地域では、サッシの防火認定は必要ありませんが、樹脂サッシがかなりの耐火性を保持していることが、図らずも実証されたのです。

いずれにしても、防火地域に本来必要な性能を持たない家が建っていることは間違いありません。

耐火偽装サッシのお話はここまで。
次は、サイディングのお話。
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# by kzhome | 2013-05-25 08:27  

九州にやられた!

3月9日10日11日を3連休して、九州へ行ってきました。
前から妻に[湯布院へ行きたい]と言われていたが、一泊では大変な為、延び延びになっていた場所です。
日程は妻の都合が優先のため、旅行計画も妻任せで決めました。
我が家では珍しく飛行機ではなく、鉄道の旅になりました。
まず新幹線で博多まで、これはお決まりですが、名古屋から3時間25分ほどですから嘗ての大阪~東京までの新幹線とほぼ同じ時間ですね。(以外に早い)
格安航空も良いけど、車窓を眺めながらの食事とお酒をゆっくり楽しめるのも悪くない。
名古屋~東京間の新幹線は1時間30分弱になってしまい、かえってゆっくり出来ないほど。
博多から妻のお目当て、<湯布院号>に乗り込む。
 以前、娘の結婚式が久留米であり、その時<九州新幹線さくら>に乗ったのだが、その印象が強烈に残っていて、[JR九州はちょっと違う]と思っていました。
<湯布院号>はⅠ世号とⅡ世号と有り、Ⅰ世号はレトロ、Ⅱ世号はややモダンな感じ。
私たちの列車は<Ⅱ世号>でした。
床が私好みの<木製>、椅子の手摺や窓の面台(窓下に付いた板)も木製。
いずれも<楓>で統一され、濃と淡の2色に分けて塗られています。
一日3回の運航ですが、途中の駅で<Ⅰ世号>とすれ違うことがあり、その違いが判りました。
<Ⅱ世号>は間接照明が使われているところ、<Ⅰ世号>では、アールデコ照明が使われていました。
「いや、これはただ者の設計ではないぞ、<さくら>と言い、どこか統一感がある」と思っていると、<ミトオカエイジの世界云々>のポスターが貼られている。
ひょっとしたら皆さんはご存じだろうか?
不見識ながら私はその時、初めて知りました。
JR九州全般に深く関わっているデザイナー<水戸岡鋭治氏>によるものだと。
工業デザインは、ややもすると<とがりがち>になるのだけれど、この方の作品はスムーズになじむ感じだ。
窓の下にメープルの板が飛び出ているのもいい感じだ。
旅先で、移動手段の内装に感動するなんて、海外旅行ぐらいしか味わえない喜びですね。
まぁ、いい気分で景色を眺めると、田園風景が始まって、やがて郊外の山脈が見えてくる。
手前の山まで2,3kmはあるだろうか?
はっきり見えるのは、そこまで。
その先の山?は殆ど霞んで見えない。
ひょっとして、これが報道されていたPM2.5??
黄砂と混ざった大気汚染、そこに混入しているだろう杉花粉!
家内が九州旅行を計画している段階で、春先はやばい、と思っていたが、
休みの関係でこのタイミングになってしまった。(家内の仕事は保育士)
嫌な予感はしていたが、福岡ではなく<湯布院>なら、などと希望的観測でOKを出してしまった。
行けども、ではなく行けばいくほど霞は酷くなっている。
2時間半のディーゼル車の旅を終えて目的地へ到着。
天気は晴れているのだが、薄曇りのような日差し。
駅の目の前、メインストリート(湯布院通り)は車も少なく、ゆっくりおしゃれな店を眺めながら歩くに丁度いい感じ。
本日の宿は街から少し郊外にあるそうで、車で5分程度らしい。(歩いて30分か?)
朝から名鉄、新幹線、由布院号とのり続け全く運動不足。このままでは夜の食事が美味くない。もちろんお酒も。
ならば、「この通りを眺めながら歩いて行こうか」てな気分になり、キャリーバックを引きながら歩くことに。
目貫通りは約1kmほどで終了、そこからは何でもない道をトボトボと行くと、自衛隊の駐屯基地がある辺りから坂道に。
「もうすぐだから」と、文句を言い始めた家内を励ましつつ歩くものの、坂はどんどん急になるばかり。
最初は私が先に歩いていたのが、いつの間にか後ろになり、家内の後を追う形に。
文句を言いつつも、確実に先へ進む家内を後目に、「ちょっと休もう」「あかん、息が切れる」と弱音を連発しながら、ゼイゼイ言って座り込む。
なるほど、車で5分だから徒歩で30分とは全然限らない。
半田市内なら車で5分の場所も徒歩30分圏内かもしれないが、信号機がここまでに2か所、スムーズに走れてしまう5分は6km以上あることになる。
しかも山道の登坂オンリー、そこをキャリーバック引きずりながら歩く。
こりゃ苦しいわけだ。
家内の文句も当然のことかもしれない、疲れ切ってるところへ「あなたの選択は何時もこうだ」などとなじられても言い返すこともできない。
気が付けば周りは杉林、しっかり山の中状態だ。
車がふかしながら坂道を勢いよく登っていく。
いっそヒッチハイクしようか、などと途方に暮れて座り込みかけたところに「ここだ!」
家内の元気な声。
少し先を歩いていた彼女が、看板を見つけたようだ。
途中、宿の看板も見かけなかったのに、心細さを感じていた私だが、こんなところまで
<徒歩>で来る客を想定していない証拠に過ぎなかった。
結局、運動の成果か、食事と酒はそこそこ美味しかったのだが、道すがらに杉花粉とPM2.5とやらを思う存分ふんだんに吸い込んだおかげで、途中から鼻水の洪水状態に。
おしぼりがすっかり水浸し(失礼)になってしまった。
かなり重症な花粉症の私は、去年に比べ警戒感を持って過ごしていた為に、此処までは
あまり表面化していなかった症状が一気に<鼻開いて>しまった。
その後の光景は、文章にしても綺麗ではないので略させて貰います。
2泊して帰りの列車は、小倉まで<ソニック>で。
この列車も<水戸岡氏>によるデザインで、世界の鉄道賞を受賞しているそうだ。
なるほど、10年以上も前なのに未来的な社内の雰囲気。
九州JRは、民間経営になるとき、東海や関東のような高収益体質は望むべくもなく、
いかに他府県から人を呼び寄せるか、苦労をしたのだろうが、結果的にとてもいい形で
現れたのではないだろうか?
以前、鹿児島へ飛行機で行ったことがあるが、列車の旅もなかなかいいものだ。
JR九州が打つ次の一手は、なんと<列車クルーズの旅>だそうで、1週間を掛けて九州を巡り、普段には入れない名所や旧跡、名品などを目にする旅だそうだ。
花粉症にも<やられた>が、JR九州にも<やられた>旅だった。
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# by kzhome | 2013-04-05 11:51  

春の訪れ 続編

先日、長野県へ行ってきました。
長野の2月はさぞかし雪に埋もれていることか、と思っていたのですが拍子抜けするほど
雪は少なく、寒さは朝晩-5℃から-8℃と、まあ知多半島よりはさすがに寒いです。
目的は、国際水準の木製サッシを<木曽桧>で造る意欲的な<木工屋さん>を観に行く事と、外断熱の<木質繊維板>を自宅に使用して壁の中にセンサーまで埋め込み、データ採りをしている建築会社経営の0さんに会いに行く事です。
もちろん、会うだけでなく施工現場や完成経年の建物なども診せて貰います。
スイスで20年以上の実績はあるのですが、日本での施工例が少なく、やはり「百聞は一見に如かず」のことわざ、この目で見るに限ります。
2件とも大きな収穫となって、今後の<ケーズホームの家>に関わって来そうです。
その成果の話とは全く違う、<0さんから伺った話>が今回のブログのネタです。
<話>と言うのは、東日本大震災時の福島第一原発の事故から長野の主婦の間で起きているある現象についてです。
あれから関東地方では、<放射線量>を測定することが日常化しているのはご存じですね。
北関東や福島周辺、さらには東北地方全域の農産物や生産物の放射線量を気にしているのです。
長野県は福島からはるか北西に位置して、偏西風や季節風を考えても、殆ど影響はありえないはずです。
それでも、汚染物質が持ち込まれていないか?
自分たちの知らない間に使われていないか? を心配して<ガイガーカウンター>(放射線測定器)を購入し、主婦の間で廻しあって使っているそうなのです。
0さん自身も北関東で作られた建材を使用しなくなったそうです。
お施主の中には、<ガイガーカウンター>を現場へ持ち込み、基礎コンクリートの段階から測定する方もいるそうです。
私には想像もつかなかった話なので、<見えない恐怖>とはこれほどか、と改めて思い知らされました。
実際には、環境庁や気象庁が各県の数カ所で<定点観測>をして毎日発表しているし、
製品出荷時に測定もされています。
むしろ、自然界の放射線量が上回っているのが実情です。
東京の世田谷であったように<微量の放射線>は人の寿命に大きな影響を与える程では?
長野県だけの流行と言えるのか、日本人の気質か、判るような、判らないような気持ち。
これも<見えない恐怖>からだろう。

知多半島に眼を転じると、私の住まいは半田市街地からやや外れた、近くに田んぼも見える場所にあります。
牛の臭いや鶏糞の臭いが立ち込めることも珍しくないその地域は、本来春になれば蝶や蛙の姿を見ても良いところなのです。
しかし住み始めて4年、蝶の舞や蛙の合唱は聞けません。
戦後の農家は、収穫量を高めるためにと雑草を生やさない除草剤を撒き、化学肥料を散布、それを指導したのはJA(日本農協共同組合)です。
農家の方は、自家使用分の畑や田んぼには、無農薬で育てた野菜や果樹、お米を作っているそうです。
判っているのです。
虫や小動物が死ぬ薬品は、人体にも危険であり、薬品の取扱いも厳重に管理しなくてはいけない程で、土を汚染こそすれ、決して<肥沃化>などしていないことを。
かつて半田市の中央を流れる<阿久比川>には、気水域(海水と淡水の交わる処)の豊かな魚が溢れていました。
蟹やエビの他、鯉、鮒、鰻、ハゼ、鰈、鱸、鮠(ハヤ)、タナゴ(淡水)、メソ(鰻の幼魚)モロコ、メダカ、トビハゼ、ナマズ、雷魚など、まだまだ沢山の魚がいたのです。
今見るとまるで<死の川>です。
新美南吉の<ごんぎつね>に登場する川は、阿久比川の支流です。
彼の作品には、その他にも<鰻>は良く登場します。
つまり、ほんの50年前には、半田市内を流れる川には<鰻>が沢山棲んでいたのです。
その後、上流の阿久比町で大きな住宅団地造成や、農薬散布が一般化し、アッと言う間に
<死の川>に変貌してしまった訳です。
20世紀の前半まであった<半島の自然>はわずか50年で失われました。
その後、団地の排水は下水システムの普及で、やや持ち直しましたが、農薬はそのまま。
阿久比町民揚げての<蛍運動>があって、少しずつ(無農薬田んぼ>も増えつつあるようですが、一度失った生き物たちは、蘇ってきません。
佐渡の<朱鷺>は中国から、岡山の<コウノトリ>はヨーロッパから送ってもらった、
つまり、純血種はもうこの世に存在しない物です。
今、<コウノトリ>や<朱鷺>の放鳥地では、無農薬田んぼや、河川の浄化を進めているそうです。
無農薬の田んぼにはカエルもドジョウも蘇り、稲の天敵とされる<カメムシ>などの害虫
が発生しても<彼ら>の餌食となって、意外にも被害が出ていないそうです。
ここに、私たちが失ってしまった物を蘇らす<ヒント>が有るように思います。
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# by kzhome | 2013-03-04 14:04  

春の訪れ

厳しい寒さが続く今年の冬も、スーパーの野菜売り場では<ふきのとう>や<たらの芽>
がならび、春の訪れを告げています。
しかし、春と言えば<花粉>の季節、そして連日TVを賑わす中国の大気汚染問題。
<PM2.5>は花粉より微細な汚染物質で、気管に入ると<ぜんそく>や<気管支炎>
などを促進させる厄介な物です。
<春一番>は中国大陸から吹く<偏西風>ですから、これからの時期は嫌でも来ます。
元々春には<黄砂>が降っていた訳ですが、これは大陸の砂漠地帯(タクラマカン砂漠、
ゴビ砂漠など)の砂が乾いた風に巻き上げられ偏西風に乗って、遥か日本へ降り注ぐ自然
現象です。万葉の昔「春霞」と謳われたのは<黄砂>のことです。

しかし、昨今の<黄砂>はそんな暢気な物ではありません。
汚染物質と結び付いて、色も黄色から黒っぽく変わっています。
日本人の感覚として、冬の閉め切った部屋から春の訪れを待ちわびて、窓を大きく開けた
いところですが、偏西風の流れが変わる5月末ごろ(太平洋から吹く風)まで我慢です。
基本的に日本の位置関係は、中国の東あり、地球の自転からすれば、常にこちらへ向か
ってくる事になります。
つまり、中国の事は私たち日本の事と言えるのです。
かつて、日本にも大気汚染、公害問題がたくさんありました。
知多半島も例外ではありません。
常滑の煙突から吐き出される黒煙は「常滑はスズメも黒い」と言われるほどでしたし、
伊勢湾を挟んだ対岸の四日市市は、日本を代表する<コンビナート公害>でした。
この場合、直接面した西海岸地帯はあまり影響を受けなかったのですが、半田市の<硫化
酸化物濃度>は全国有数の高さでした。
それは、伊勢湾を吹く<伊吹おろし>や<鈴鹿おろし>に乗って知多半島に流れた空気が
丘陵を越えた処で渦を巻いて滞留する現象によるものです。
ちょうど日本の地形で言うと、東シナ海や日本海を渡ってきた風が本州の山脈地帯でもう一
度上昇し、日本海側にはあまり降り注がず、太平洋側へ来てしまう事と重なります。

中国で日本製の空気清浄機が売れているようですが、<大気そのもの>を<清浄>する事
を考えて貰いたいものです。

さて、私たちはどうしたら良いのでしょうか?
私は10年以上前から、中国の発展=日本の大気汚染問題、を懸念していました。
50年前、日本は自国の発展を遂げる過程で大気汚染や自然破壊、海洋汚染をしてきた。
貧しさから脱却する為に<自然>を犠牲にしてきたのです。
今、中国がまさにその状態です。
自分たちが豊かになって、失った物の大きさも解るのです。
たとえば、<朱鷺>、学名<ニッポニアニッポン>と呼ぶその鳥は、江戸時代には、空が赤
くなるほど、たくさんいたそうです。
コウノトリ、日本獺(かわうそ)日本狼、その名に<日本>が付くのは、日本固有の生き物で、
世界中を探してもけして見つける事が出来ないのです。
私の身近にも見る事が出来なくなった生き物があります。
彼らは、痛みを訴える事も無く、静かに消えて行くのです。
あんなにいたのに、いつの間にか見なくなる。
これは、実は人間にとっても危険な現象ではないでしょうか?
大気汚染も怖いですが、目に見える物以上に怖いのが<見えない汚染>なのです。

つづく
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# by kzhome | 2013-02-20 11:51  

追いついた、と思ったら?

先日、設計事務所の知人から「低炭素住宅化がどうやら建築基準法に組み込まれるぞ」
と連絡が有りました。
「おっ、良い傾向だな」と思い、詳しい説明を受けに事務所へ伺うと「ちょっと問題がある」
と切りだし、講習を受けて来た内容を順に教えてくれた。
まずは、建物の断熱性能の基準を設けることになったそうだ。(当然の事で、弊社はその基準をすでに充たしている)
その次に、今まで住宅の性能評価は、幾通りかがあったが、統一する事に。(問題無い)
最後に、<冷暖房機器の省エネ化を進めるため>と称して、<JIS規格>の商品を使うことを、義務付けるそうだ。
これは、来るべき<TPP>で海外の家電商品や冷暖房システムを導入させないように、意識したものではないだろうか?
せこい官僚の考えそうな事では有る。
しかし、そうなると<エコポイント制度>や<長期優良住宅制度>などと一緒で、海外の
優秀な器具を締め出す結果にもなる。
<自由過ぎる家づくり>も問題だが、<不自由な家づくり>も問題だ。
現在ではまだ、明らかに性能が劣る器具システムを使え、とは情けない話です。

住宅の性能を義務化、法制化することは、欧米先進国並みになる第一歩(レベルはまだ?)
なのだが、冷暖房システムは、何としても最高レベルにしなければいけないのです。
弊社なりに、打開策を考案中です。

さて、先回のブログで渡米するような事を書きましたが、弊社の取引先へ連絡を取ったら
あっさり入手可能な事が解りました。
精力的に動いてくれた先方の社長に感謝です。
結局、大慌てでパスポートを探したり、留守の日程を詰めたりしましたが、全く必要ありませんでした。
全米の住宅関連展示会が開かれた後だったので、余計な無駄骨になるとこでした。
今回の件では、逆に私どものネットワークが思ったより強かったので「ほっ」としました。
先日、設計事務所の知人から「低炭素住宅化がどうやら建築基準法に組み込まれるぞ」
と連絡が有りました。
「おっ、良い傾向だな」と思い、詳しい説明を受けに事務所へ伺うと「ちょっと問題がある」
と切りだし、講習を受けて来た内容を順に教えてくれた。
まずは、建物の断熱性能の基準を設けることになったそうだ。(当然の事で、弊社はその基準をすでに充たしている)
その次に、今まで住宅の性能評価は、幾通りかがあったが、統一する事に。(問題無い)
最後に、<冷暖房機器の省エネ化を進めるため>と称して、<JIS規格>の商品を使うことを、義務付けるそうだ。
これは、来るべき<TPP>で海外の家電商品や冷暖房システムを導入させないように、意識したものではないだろうか?
せこい官僚の考えそうな事では有る。
しかし、そうなると<エコポイント制度>や<長期優良住宅制度>などと一緒で、海外の
優秀な器具を締め出す結果にもなる。
<自由過ぎる家づくり>も問題だが、<不自由な家づくり>も問題だ。
現在ではまだ、明らかに性能が劣る器具システムを使え、とは情けない話です。

住宅の性能を義務化、法制化することは、欧米先進国並みになる第一歩(レベルはまだ?)
なのだが、冷暖房システムは、何としても最高レベルにしなければいけないのです。
弊社なりに、打開策を考案中です。

さて、先回のブログで渡米するような事を書きましたが、弊社の取引先へ連絡を取ったら
あっさり入手可能な事が解りました。
精力的に動いてくれた先方の社長に感謝です。
結局、大慌てでパスポートを探したり、留守の日程を詰めたりしましたが、全く必要ありませんでした。
全米の住宅関連展示会が開かれた後だったので、余計な無駄骨になるとこでした。
今回の件では、逆に私どものネットワークが思ったより強かったので「ほっ」としました。
先日、設計事務所の知人から「低炭素住宅化がどうやら建築基準法に組み込まれるぞ」
と連絡が有りました。
「おっ、良い傾向だな」と思い、詳しい説明を受けに事務所へ伺うと「ちょっと問題がある」
と切りだし、講習を受けて来た内容を順に教えてくれた。
まずは、建物の断熱性能の基準を設けることになったそうだ。(当然の事で、弊社はその基準をすでに充たしている)
その次に、今まで住宅の性能評価は、幾通りかがあったが、統一する事に。(問題無い)
最後に、<冷暖房機器の省エネ化を進めるため>と称して、<JIS規格>の商品を使うことを、義務付けるそうだ。
これは、来るべき<TPP>で海外の家電商品や冷暖房システムを導入させないように、意識したものではないだろうか?
せこい官僚の考えそうな事では有る。
しかし、そうなると<エコポイント制度>や<長期優良住宅制度>などと一緒で、海外の
優秀な器具を締め出す結果にもなる。
<自由過ぎる家づくり>も問題だが、<不自由な家づくり>も問題だ。
現在ではまだ、明らかに性能が劣る器具システムを使え、とは情けない話です。

住宅の性能を義務化、法制化することは、欧米先進国並みになる第一歩(レベルはまだ?)
なのだが、冷暖房システムは、何としても最高レベルにしなければいけないのです。
弊社なりに、打開策を考案中です。

さて、先回のブログで渡米するような事を書きましたが、弊社の取引先へ連絡を取ったら
あっさり入手可能な事が解りました。
精力的に動いてくれた先方の社長に感謝です。
結局、大慌てでパスポートを探したり、留守の日程を詰めたりしましたが、全く必要ありませんでした。
全米の住宅関連展示会が開かれた後だったので、余計な無駄骨になるとこでした。
今回の件では、逆に私どものネットワークが思ったより強かったので「ほっ」としました。
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# by kzhome | 2013-02-15 16:37  

筆不精

筆不精
昨年、皆さまからお叱りを受けていたブログの更新の無さ。             
月3回を目標に年末まで頑張ったつもりが、年末の慌ただしさにまぎれて、気が付いたら12月6日以降脱稿無し!
私の生来の筆不精が露呈してしまいました。
知人のNさんは、毎月何度も10年以上も知り合いの方などへ<N通信>としてハガキを出しています。
敬服の至りです。
今月1月は、私めの誕生月、年の初めでもありますので、気を引き締めて仕切り直し。

<勉強になりました>
昨年お引き渡しした<S邸>の全館空調システムに問題がありました。
引き渡し時期は春(4月下旬)だったので、冷房と暖房のチェックをすると、冷房は快適
に効きましたが、暖房が上手く運転しません。
スイッチは入るのですが、10分ほどで切れてしまいます。
室外機のコンプレッサー(加圧装置)が止まってしまうのです。
何度繰り返しても変わらないので、輸入元へ相談。
「外氣温が高いと有りうるかもしれない」との返答に、冬になったらもう一度確認しよう、と言うことで、S様にも納得してもらい、秋まで快適に過ごして頂きました。
ところが、11月の下旬、S様から「やはり、止まってしまいます」との連絡。
急ぎ大慌てで、急行すると、同じ症状。
やむなく、室外機を交換することとしました。
ところが、輸入元は、「製品不良を認めるには、米国のメーカーの指示通りのリポートを
提出下さい、メーカーが認めなければ私も認めません」と言い放ちます。
施工職人とレポート内容を確認すると、測定機器を買わなくては調べられないものも。
急きょ購入して、測定したレポートを報告すると、「米国のメーカーから日本へは売らないと言って来ちゃいました。つきましては、以後の室外機ユニットはそちらで調達して下さい」とのこと。
結局、今回の室外機ユニットは、こちらで新規購入、以後の販売はしないそうだ。

全館空調の快適さと、機能、省エネ性能に驚かされたのが、20年前の北米訪問時の事。
その時点では、国産の同等商品は無く、パナソニックや三菱の熱交換器を使って、
冷暖房機器と連動型の物を利用したりしていました。
しかし、熱交換器に決定的な欠陥が有る事を知り、7年前よりカナダ製の<LIFEBREATH社>に切り替えました。
全熱交換から顕熱交換にしたのは、一見日本の換気に不利な気がしたのですが、実はそうではなかったのです。
熱交換ですから、基本的に20℃以上差があれば、夏でも冬でも湿度の高い日には
結露をします。
その水分がどうなるか?が問題なのです。
全熱交換するためには、熱交換素子が透湿性の有るものでする必要があるのです。
例えば、<和紙>や<不織布>の様なものです。
とすると、水分を含んだそれらの部分は、濡れたままの状態で数時間以上乾かない
ことになります。
実際に施工した現場のメンテナンスをした時、愕然としました。
顕熱交換は、熱交換素子が<アルミ製>です。
つまり、熱は交換されるが、水分は交換出来ません。
結露した水分は、下へ流れてお終いです。(だからドレンが必要です)
空気の健康状態を考えるとこちらの方が安全と言わざるを得ません。(湿気はカビを呼ぶ)
<LIFEBREATH社>の利点はまさにそこに有ります。
さて、今回のトラブルは、<LB社>製ではないのですが、輸入業者は一緒です。
今後の事を考えると、日本製に切り替えるか、直輸入するか、2者択一状態です。
サッシは元々輸入していましたから、いっそ丸ごと輸入も有りか?
あれから10年以上も経っている事、もうそろそろ国産でも良い製品が出てるかも?
淡い期待を胸に、検索すると幾つかの<全館空調システム>が出て来ました。

そこで、岐阜を拠点に東海3県下を営業する<Y社>の担当者に来て貰いました。
年末の忙しい中、無理を言って接見すると、若社長が北米に留学経験が有り、向こうの
空調システムに目覚めて、日本での普及を考えたそうな、どこかで聞いた話ではある。
しかし、国産で考えた為、ダイキンのエアコンとK社の熱交換ユニットを組み合わせて
みた物で、<LB社>の仕組みとは、依然大きな開きがある。
その点を指摘すると、施工と営業を兼ねた担当者は、まじめな顔をして「勉強になります」
「確かにその通りです」とうなずいてしまいます。
一しきり話終わった後、もう少し進歩したら考えましょう、となった。
帰る折にもう一度「今日は、勉強になりました」と去っていきました。

そして、年明け、今度は日本の空調最大手<D社>のソリューション事業部営業マンに
来て貰いました。
ホームページでも<全館空調システム>をトップページで謳っているので、かなり期待
をして、話を伺うと、自信たっぷりに、全熱交換換気ユニットを宣伝します。
「こちらは、今までI工務店用に出していましたが、この度一般販売出来るようになり
是非ご検討下さい」とのこと。
熱交換器ではなく、全館空調システムなんですけど。
「いや、これからは、この製品とエアコンユニットの組み合わせになるので、見て下さい」
私「でもこれでは、30坪の家でもパワー不足ですし、各部屋へ均等に送ることも出来ませんよね、まして加湿や除湿の空気は均等になりませんよ」
D社営業マン「確かに、まだそこまでは出来ません、別々の対応になります」
私「それを、<全館空調>とは言えませんよ」
D「わが社では、これを<全館空調>として出したところですから、当分これ以上の物を
考えてはいません、これが現在の最先端商品です」と言われてしまった。
そこで、<LB社>の性能と考え方を説明すると、「え、そんな事が出来るのですか?
勉強になりました」とのたまう。
ちょっと待ってくれ、こちらが探しているわけで、まだ<勉強中>では困るではないか。
ひとしきり話した後、問屋さんの所長と<D社>さん、帰られることに。
退室の折り、「今日は勉強になりました」とお二人でハーモニー。
また、このフレーズか。
一体何時まで日本の住宅空調は「勉強中」なのか!
結局、振り出しに戻って、北米からの輸入を決断せざるを得ないことになりました。

そういえば、正月番組で外国人にインタビューして、<日本の変な所を聞く>コーナーが
あり、ロシアの女性が「日本の家は寒い、信じられないくらい」と言っていましたが、
炬燵や、石油ストーブで<局部暖房>する日本の住環境がいかに諸外国から外れた考え方
か、如実に物語っているシーンでした。
決して豊かではないロシアですら、住宅の暖房は、温水式の地域暖房で、家丸ごと暖めているのです。
省エネ化するのは、家の断熱性能を上げれば、僅かな熱で温まる訳で、決して浪費では有りません。
お客様には<断熱魔>と揶揄されても、本当は地球にも経済にもやさしい家づくりになるからなのです。
33坪吹き抜け有りの一軒家の全館空調利用で、1月2月の電気代が1万2、3千円。
もちろん、ソーラーパネルを付ければ、見掛け上の光熱費0以上の結果になるでしょう。
(実際は、ソーラーのイニシャルコスト、製造エネルギーなど、0などありえない)
まあ、そんな訳で、近々渡米してきますので、旅日記を書きます。(自分にプレッシャー)
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# by kzhome | 2013-01-19 08:36  

知多半島の自然

南知多の仕事をしていた先月の初め、道路に犬のような動物の死体がありました。
気になったので、帰りに車を止め、対向車に気を付けながら観察したところ、やはり
それは、<タヌキ>でした。
雌雄は判別出来ませんでしたが、立派な成獣で、毛並みも艶やかな野生感が有りました。
死後2~3時間といったところでしょうか、足首のあたりは鮮血が出ていました。
動いているところを見た確かな記憶はないのですが、「ひょっとしたら」程度は何度か
過去にもあります。
でも、実際こうして<タヌキ>の存在を知ると、死体とは言え、うれしくも有り、悲しくも有り、の複雑な気持ちです。
まだ、母が生きていた頃ですから5年ほど前に、阿久比町の田んぼと林の狭間に<子狐>を
見ました。
その<子狐>は、後ろ脚を傷めていたようで、<ビッコ>を引いていましたが、私が見つめていると、こちらを見ながらゆっくり、林の中へ消えて行きました。
来年は、半田市に生まれた童話作家<新美南吉>の生誕100年にあたるそうですが、
まだ、知多半島に<狐>が生存したのか、と感動にも似た気持ちと、痛々しい姿にその後
が心配になってしまいました。
なぜなら、明らかにビッコのせいでしょう、獲物を捕るのに苦労しそうな様子が伺いしれ、ひどく痩せていたからです。
私は、知多半島に住み57年になりますが、子供の頃は、行動範囲も狭く、自転車にも乗りませんでしたから、自宅から半径2km以内。
社会人になってからは、名古屋と半田、常滑、阿久比町の往復が殆ど。
ですから、子供の頃の半島の自然と言えば、阿久比川の下流域(半田市内では江川と呼ぶ)
で、もっぱら鮒や鮠(ハヤ)うなぎの幼魚(メソ)などを獲って自宅の池や水槽で飼ったりしていた。
なかでも、田んぼの畦に流れる小川に棲むタナゴ(イタセンパラ)のオスはまるで熱帯魚のような鮮やかな魚体をして、泳ぐ宝石のようだった。
今は、ボウリング場や住宅地になってしまった辺りが、最も多く棲息していた所でした。
<江川>には、他に<ハゼ><鰈の子><トビハゼ>などが本当に無数にいて、歩くと
足の裏に<鰈の子>が潜り込んでくるのが普通の出来ごとでした。
なかでも<トビハゼ>の愛くるしい仕草は、今思い出しても懐かしく感じます。
皆さんは<トビハゼ>をご存じでしょうか?
ハゼの仲間ですが、水陸両用で満潮になると、水の中に他のハゼと同様に棲息するのですが、潮が引き、陸地が現れてくると、巣穴から顔を出して胸鰭(ムナヒレ)を上手に使い
ぴょんぴょんと跳ぶのです。
有明海に棲む<ムツゴロウ>の親戚です。(ふたまわり程小さく、色はハゼと同じ)
日本の各地の干潟にいるようですが、どうやら知多半島では、もともと<江川>だけだったようで、もう何処にも見当たりません。
実は私、密かに<トビハゼを江川に蘇らす会>を企画しています。
上流の農薬散布や、家庭用洗剤の流入を防がないと、実現はしませんが、そのうちには。
話は戻りますが、先日の<タヌキ>や5年前の<子狐>は、本当に知多半島出身なのか?
疑問が残るところです。
皆さんの発見データが有れば教えて下さい。
私の疑問は、<名古屋万博>以前と以後の、名古屋市南部丘陵地帯での<タヌキ><狐>
などの目撃証言が、明らかに以後に増えていることです。
つまり、瀬戸地方の里山が崩され、居場所を失った動物たちが、豊田、豊明、大府、東浦
などの丘陵緑地帯を伝って、知多半島まで辿り着いたのではないか?と勘繰るのです。
20年、30年前に見掛けなかった<タヌキ>や<狐>が俄かに増えるとも考え難いです。
イタチなどは、常に見掛けていましたが。
でも本当のところは、棲息していてほしい気持ちもあります。
各地で問題となっている、熊やイノシシは困りますが、タヌキやキツネが棲める自然を残しながら、人間が共存出来るのなら、ちょっと素敵だな、と思います。
以前、マンションのリノベーション(全改装)をさせて頂いたお客様から、お仕事で赴任した米国のアトランタ郊外の家の庭に「<リス>がやって来て楽しんでいる」とお便りを
頂いたことがありましたが、知多半島もその昔<南吉>の時代には、<狐>もウナギも、
おそらく<タヌキ>も当たり前に棲んでいた処だったのでしょう。
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# by kzhome | 2012-12-06 08:44  

見て来ました。(悔しいけれど2)

11月16日に東京の<ビッグサイト>で恒例の<ジャパンホームショー>を
視察する機会があり、いつもは車で行くところを、新幹線で行く事にしました。
そうです、東京駅の晴れ姿を見るチャンスと思い、新幹線にしたのです。
中央口から出たので、あの<ドーム部分>はありません。
本来、JRきっぷでは、東京方面なら新幹線からの乗り継ぎも同じ切符で行ける
のですが、ここは世故さを捨て(ちょっと考えましたけど)一度外観を見ようと。
外へ出ると、周囲は<東京駅>をバックに写真を撮ったり、眺めまわす人で一杯。
中には外国の方々も居ます。
やはり、観光スポットとしても、また日本の玄関口(実際は空港かも知れませんが)
としての威厳もたっぷり感じる見事な建物です。
正面に見える皇居の森や、それらを守るように両脇にそびえる丸ビルと新丸ビルは
まるで現代の鳥居のようです。
或る雑誌に「歩道にある地下の通気口塔が気になる云々」などのコラムが載っていま
したが、私から言わせれば、贅沢の極み、全く問題になる代物では有りませんでした。
振り返って改めて<東京駅>を眺めると、その両脇にあの<ドーム>が見えます。
ステーションホテルは、まだオープンしていないようで、重厚感ある車寄せは閉じて
いましたが、黒塗りのリムジンが乗付けるシーンが目に浮かびます。
ドームは北と南にそれぞれ同じようにシンメトリックに配置されています。
内部に入ると、やはり見学者がいっぱいで、皆さん上を見上げてぐるぐる廻っている。
こちらは、逆にぶつからないようにしなければならず、上を向いてばかりも居られない
報道では解らなかった事が一つ、ドームの下、キャットウォークと呼ぶ、廻り廊下の
さらに下(地上から5m位?)に目立たない様にではあるが、ネットが張ってあった。
おそらくは、天井付近に飾られた<鷲>のオブジェが万が一にも落ちた場合を想定した
安全策(網)なのだろう。
いかにも日本的な感じがした瞬間です。(美観より安全)
そうした<心使い>をする日本人と、経済優先的<原発対応>を見る時、同じ<日本人>
なのか、と?マークを付けたくなるのは、私だけでしょうか?
さて、<悔しいけれど2>の意味は、最近報道されている<名古屋御園座>の再建問題
の解決策が、建物の高層化に依った、旧来型(20世紀型)の方法論であることです。
<御園座>は、30億円程の債務超過(借金が資産を上回る)状態で経営困難に陥って
いるそうですが、それを打開する方法として、高層ビルを建て、テナント収入や分譲マンションなどの収入で、借入を減らし安定経営する構想のようです。
しかし、ビル建設費用と、テナントノウハウを持たない素人経営、分譲マンションに至っては、業者丸投げに頼らざるを得ない、全く他力本願のような再建案では、<絵に描いた
餅>になりかねません。
なにより、<御園座>と言う看板、かつて<芸どころ名古屋>と謳われ、名古屋踊り
や、ド真ん中祭りなど、これからも<文化の発信地>としてがんばろうとするなら、
その中心的役割を担うのは、<御園座>ではないだろうか。
<御園座>の名前から連想するのは歴史であり、文化の香りであり、名古屋文化の顔
といっても過言ではないように思います。
名古屋城のように<公的資金>は使えないかもしれませんが、どんなコンサルティング
会社が付いて<高層ビル化>を薦めているのか。
もしも、本当にビルテナントを集める自信があるなら、東京駅のような<空中権>を廻り
のビルオーナーに売って債務を返済し、あくまで<御園座の名にふさわしい>建物を設計
グッズ関連や、売店、飲食テナントなど、確実に入居と収入が見込める事業だけに特化。
名古屋の新名所になるだけでなく、100年、200年の歴史を刻める建物を期待したい。
東京の<歌舞伎座>は近代的ビルになってしまった。
京都の<歌舞伎座>は、今でも歴史的建物のままだ。
歌舞伎を見るなら<京都>で見たいのは、私だけだろうか。
古いから良い、とは言わないけれど、もし今、東京の歌舞伎座を設計するなら、おそらく
<東京駅の考え方>が影響しただろう、と残念に思う。
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# by kzhome | 2012-11-23 13:42  

二つのお店を造りました。

今年の3月に内海に有る<いちごの里>(いちご狩り)にソフトクリームの
店を造りました。
とっても小さな(9㎡)可愛いソフトクリーム屋さんですが、凝りに凝った
建物になりました。
屋根瓦は、フランス直輸入の天然スレート、水切りは鉛、建物の工期は3週間
しかありませんでしたので、特殊な工法(EPSパネル工法)で躯体を組み、
それでも御施主様のイメージが北欧風(フィンランド)だそうで、外部仕上は
スイス漆喰に木製の破風、鼻隠しで囲み、真冬でも寒くならないように、全面
ペアガラスにて施工しました。(どうしてもK‘zはそうなっちゃうけど)
タイルの前庭、フランス製のテント、洗い出しのアプローチなどなど、建物は
わずか9㎡なのに総工費はウン百万円になってしまいました。
S邸の完成とかぶってましたので、工期の無さに冷や冷やしましたが、何とか
ひと月で終了、4月のオープンに漕ぎつけました。

そして、この10月。
同じオーナー様の<いちごの丘>(豊丘のいちご狩り&ケーキ店)に増築のお話
以前から聞いていたのですが、1年遅れで復活、但し大幅にプランが変わって、
いちご狩りの温室を利用した喫茶コーナーや、冷凍コンテナ内蔵の倉庫やらと、
こちらも僅かな工期に盛り沢山の内容です。
実の事を言うと私は、<いちご狩り>の経験が無いのですが、ガラス張りのハウス
も意外と解放感が有り、そればかりか周囲の景色が眺められ(ここの場合海まで)
天井の高さもあり、(もちろん空が見える)面白い空間になった。
途中、台風に見舞われ、大きなコンテナBOXが吹き飛ぶハプニングがあったが
なんとか本日(11月6日)引き渡しが出来た。
以前に造ったケーキ店は、イタリアの田舎家風で、外壁に自然塗料で着色したり、
腰板やドア、柱などもイタリアンカラーに染め、床はテラコッタ(素焼き風タイル)
だったが、今回は同じイタリアのタイルでも、サンドベージュ風の淡いアースカラー
になり、ドアも腰壁も温室の鉄骨もオフホワイトに塗装、抜けるような青空に見事に
マッチしました。(お施主様の選択)
ハイシーズン(12月~3月)は、これでも満室になるそうです。
12月には、クリスマスロールやケーキも販売するそうですから、よかったらどうぞ。
但し、オープンの9時には行列が出来ているそうですので、事前(7時頃)の整理券
を確保されたほうが、確実だそうです。(羨ましい!)
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# by kzhome | 2012-11-08 13:26  

iPS細胞でノーベル賞(山中教授のお話を伺って)

先日、ノーベル賞を受賞された山中教授の番組がありました。
化学は苦手な私ですが、彼の話に興味があり、伺っていると、なぜか
光ファイバーの西嶋潤一氏やコンピュータソフトの<TORON>を
開発した坂村健氏を思い出してしまいました。

3人の方には、全く日本人らしい共通点があるのです。


ほとんど、援助らしい援助もなく、独自の信念で廻りを引きつけ成果に
結びつけた。


私利、私欲が無く、あくまで社会の発展や人々の幸福(救い)が目的。

他にも有りそうですが、気が付いたところです。

中山教授は、「今回の賞は、私が貰ったと言うよりは、日本が受賞した」
と言い、更に「受賞したことは、励みにはなるが、研究は途に就いたばかり
でこれからが本番、一刻も早く患者の皆さんへ届ける薬や技術を生み出し
ていくことが、私の使命だと感じている」(多少記憶違いは勘弁下さい)
とおっしゃいました。

政治家と違い、詭弁や方便は無かったように思います。

誠にすばらしい人が<ノーベル賞>を受賞されました。
が、彼と同時にイギリスの科学者ガードン博士も受賞しました。
ガードン博士は、今から50年も前に山中教授の基礎になる、カエルの
腸から細胞を初期化して、クローンカエルを造った人です。
確かに、細胞の初期化を世界で初めて実証した人ですから、彼の実験が
なければ、山中教授の研究はなかったかもしれません。
しかし、50年間誰も追証出来なくて、偶然の産物のような評価でした。
そこに眼を付け、人体の皮膚から細胞の初期化を成功させたのは、圧巻です。

ゴードン博士の受賞にケチを付ける気は、毛頭ありませんが、ノーベル財団
には、一言文句を言いたい気分です。

2009年、チャールズ カオ香港大学長が、「光ファイバーの大容量通信の
可能性」を予測した論文で受賞したが、彼の論文の20年以上前1964年に
日本の東北大学教授<西嶋潤一氏>は、光ファイバーの原理を突き止め、当時
の特許庁に出願申請するも、20数回返され、結局黙殺されてしまった。
(私のブログ、<節電の夏>に詳しく書きました)
もし、特許が取れていれば、確実にノーベル賞の対象だったはずだが、特許庁
の執拗な<ブロック>に合い、公になることが無かっただけだ。

西嶋教授は、確信を持って申請したのだが、受け入れられなかった。
その事実を公にしたくない我が国の特許庁関連(経済産業省)は、彼を推薦すら
出来ない後ろめたさを持っている。(特許庁は文部科学省が持つか、独立させる
ことが必要だ)
つまり、「無欲の大学教授ごときが、大事な儲け口(光ファイバー)の特許など、
取らせるわけにはいかない」とする大企業と官庁が職権の乱用をしたことだ。

また、坂村健東大教授が開発した<TORON>と呼ばれるコンピュータソフト
は、現在のパソコン標準規格の<ウィンドゥズ>に比べ、はるかに優れた代物だ。
これも、1984年にマイクロソフト社に先駆けて開発されながら、坂村氏(
当時は東大講師)の、「万人に利用してもらうには、ソフト料は無料が良い」の
考えで、もし、これが実現していたなら、爆発的な普及と低コストのパソコンが
可能になったはずだ。

また、こんな愚痴がでてしまいましたが、まるで「判で押したような」研究者の
皆さんのお話には、心が洗われるようです。(文章を書きながら涙が出てきます)

iPS細胞の製法特許をいち早く京大の知財としたそうですが、そこにも山中氏
の先見性が見えて、頼もしく思いました。

つまり、製薬会社や海外の研究所に先んじられてしまうと、高額な特許料がネック
になって、薬品や治療法が進まなくなってしまうことを消した訳です。

こうした思考回路を持てる<日本人>を私たちは誇りに思っていいですね。
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# by kzhome | 2012-10-29 15:55 | 社長の日記  

良い物観ました(悔しいけれど)

東京駅(丸の内駅舎)がグランドオープンしましたね。
私は、正直旧東京駅に思い出はありませんし、「ずいぶん永い間工事やってるな」ぐらいしか関心はありませんでした。

改めて明治から大正、昭和の初期までの日本の建築(いわゆるレトロ建築)って良いな、と思いました。
今回のJR東日本のチャレンジの素晴らしさは、70年前に失われた建物を<当時のまま>復元しようとしたことです。(免振装置をプラスしました!)一般に言われる建物の坪単価を考えれば、今回の建築費の<500億円>は超高層ビルが2本ぐらい出来ますから(JR東海の名古屋ツインビルは350億円、容積比で計算すれば10倍以上でしょう。
逆から言えば、通常のビルの10倍の坪単価となります。
しかし、その建物の価値は<それ以上>と判断した訳です。
なぜなら、今更、東京駅が超高層化されても何も感じませんが、70年前の姿で蘇り尚且つ、最新の耐震技術が支えていることは、100年先にも残せる社会資産となったのです。
もし、超高層ビルを建てたなら、100年後は間違いなく別の建物が建っているでしょう。
これと対照的な話が、大名古屋ビルディングです。
こちらは、戦後20年近く経って建てられました。(1962年)
確かに50年の歴史はそれなりに人々の琴線に触れる物があったようですが、老朽化が進んだ建物を「復旧して使い続けよう」と考えた人はいませんでした。
ビルのオーナーは日本一の大家(三菱地所>ですから、それなりにお金を掛けた建物です。
エレベーター廻りの大理石は、昨今では入手困難な代物でしたし、外壁は当時モダンと言われた大きなアールが架かった造りです。
けして安物の造りではないことは、建築を知らなくとも感じるでしょう。
では、なぜ東京駅は復元され、大名古屋ビル(略称)は取り壊される運命か?
これこそ、K’z Homeが長年訴えてきた<答>です。
東京駅は、100年後にも残したい建物で、大名古屋ビルは寿命が来たら新しい物に変わっていくしかない建物だったのです。
東京駅を設計した辰野金吾(東大工学部の祖)は、明治政府に雇われて来日し、鹿鳴館等、日本の各地に名建築を残したジョサイアコンドルに師事し西洋建築の基礎を学んだ人です。
もちろん、<駅>という特殊性もあるのですが、<ゴシックリバイバル>の典型として美しい建物と思います。
工事費の捻出方法も、自己資金でなく<空間価値>を売って作ったことはとても意味があるように思います。
言い忘れました。
コンドルは、東京大学建築学部の前身、東京工科大学校の講師を辞職した後も日本に住み続け、大名古屋ビルのオーナーで三菱の創始者岩崎家を顧客として住宅や別荘、そして三菱1号館~3号館を設計しています。(現存する1号館はそのレプリカ)最初に東京駅は高層ビルの坪単価の10倍掛ったと言いましたが、今回の耐震化(免振)によって、500年でも存続可能と思います。
もし、高層ビルを建てていたら50年ごとの建て替えで、10回も取り替え引き替えすることになるでしょう。
結局、経済的でもなく、資源の浪費と環境への負荷を増やしたことでしょう。
また一つ、東京に自慢が出来てしまった気がします。(悪いわけではありませんが)
大名古屋ビルの後は高層ビルだそうです。
名古屋の玄関、駅を出たら最初に眼に付く建物ですから、味気ない物にならない事を願うばかりです。

名古屋城の本丸復元と天守閣の木造化(今はコンクリート)をする構想がありますが、こちらは税金で賄おうとして苦戦しています。
確かに、空襲で焼けた天守閣が再建時に木造ではなく、コンクリートでしてしまったことは残念ですが、今ある建物を解体して木造にするには、大変な費用が見込まれ、税金を充てにしたら減税どころか、増税しなければいけないでしょう。
東京駅は公益施設ですが、民営化されたJR東日本の経営によって成り立っています。
従来の経済感覚なら超高層ビルを建ててテナント料で儲け、利益化するでしょう。
JR東海の名古屋駅がまさにその典型です。
500億円という途方もない工事費を<空間を売る>というウルトラ級のアイデアで捻出した東京駅は、経営的にも<優れた費用対効果>と言えます。
一方、名古屋城は名古屋市の所有で、仮に空間売買が可能だったとしても、城の廻りに高層ビルが乱立したら肝心なお城が見えなくなってしまいます。
まして、名古屋城近辺にそれほどオフィス需要やホテル需要が有るとも思えません。

こうした悩みは、名古屋に限ったことではありません。
東京意外の地方都市では、残したい建物やもっと価値ある建物にしたいと思っても、資金的な問題に行き詰ってしまうのです。
同じ方法はとれませんが、アイデアで救うしかありません。
そして、<文化を感じる建物を残すことは、私たちのこころを豊かにしてくれる事>に気が付いてほしいものです。
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# by kzhome | 2012-10-05 08:30 | 社長の日記  

9月11日のブログのつづき

今、日本は経済の後退に苦しみ、将来の自分に希望が持てなくなっています。(報道では)
でもそれは、今までの<加工貿易立国論>に立っての話ではないでしょうか?
たとえば、よく言われる「天然資源の無い我が国」のフレーズ、本当でしょうか?
私たち、建築分野に携わる人間から見ると、木材資源は無尽蔵(年間森林成長量は年間木材使用量とほぼ同じ)であり、正しく使えば(育林、伐採)1億2千万人の民が余裕をもって使用し続ける事が出来る。
逆に、30年で建て替えていた過去の浪費から60年、100年とサイクルを長めれば、余った分を輸出することも可能だろうし、日本の政府は、そこで造られる酸素(O2 )を計算に入れているのだろうか?
おそらくは、排出するCO2ばかりに気を取られて、日本が持っている酸素供給力を計算し忘れている。(針葉樹だけでも1億㎥の木材が育っている)
国土の7割を山で覆われた島国日本は、その特異な地形により、年間降雨量が半端ではありません。(だからこそ水害も多いが)
つまり、たしかに平面的国土面積は37万㎡なのですが、それを立体で捉えると、およそ1.5倍に膨らみます。
これは、測量を生業にしている方なら常識的事実です。
むやみに山を削らず、有るがママの地形で土地の広さを測れば確実に平面より広くなるのです。
そこに雨が降り、川が流れ土地を潤すのです。
現代の都市は、雨を集めそのまま海へ流すだけです。
雨は、海の水が蒸発して真水となって降って来たものです。
砂漠地帯では、真水は天然では手に入りません。(だから石油を与えたのでしょうか?)
そのため、巨額を掛けて淡水化プラントを作っています。
日本の技術が生きているそうですが、(逆浸透膜フィルターの生産)彼らは、天然資源の枯渇に不安を抱えながら他国の技術に頼っているのが実情でしょう。
私たちが利用している水道水は、殆どが<川>から出水し、浄化システムで消毒した後に使われています。
時々、渇水のニュースもありますが、これは私たちが<水>の希少性に気付かず、常日頃当たり前に使っているからです。
降った雨を貯めもせず、側溝に流してそのまま海へ。
普段は、気にもしない雨が、少し多く降ると災害になり、降らなければ渇水騒ぎ、まるで1000年、2000年前と同じ暮らしぶりに見えます。(言い過ぎでしょうか?)
人間が生きていく上で欠く事の出来ない空気(酸素)と水を私たち日本人は、当たり前のように手にしているのです。
日本の国際競争力を落としている理由の一つに、食の自給率があります。
かつて、エンゲル係数が豊かさを決める、と言われましたが、外国から食材や食品を輸入している国は、所得の高い内はいいのですが、低くなれば買えなくなるのです。
約40%と言われる自給率、中身は小麦とトウモロコシ、大豆などが大半です。
小麦は現在の日本人の主食となりつつあるパンの原料として、米の消費量を上回り、
トウモロコシは、家畜の飼料や食品の添加物(水飴の原料)に、大豆は、醤油や味噌、豆腐などの加工食品として使われていますが、現在の耕作放棄地と、最新の農業技術を駆使すれば、60%以上にすることにそれほど時間は掛らないでしょう。
いや、掛けてはいけないはずです。

現代の人類が手にして欠かせなくなった物に<電気>があります。
化石燃料の大半は、それを手にするために使われています。
日本の海岸線の長さは、米国のそれとほぼ同じだそうです。
つまり、その長さに比例した200海里(370km)の領有権が存在する訳で、その内側の資源や波が持っている運動エネルギーを発電に利用出来る。
地震が多発する日本では、原子力発電所のような設備は危険すぎるのですが、裏返しにマグマが地殻に在り、温泉が豊富に出るのはそのためです。
そこにある地熱は、火山国(地震国)日本に与えられた自然の恵みです。
地熱発電と言えば、既得権者が直ぐ反対に廻るが、海の底であれば誰も反対出来ない。
鹿児島県の錦江湾海底には熱帯鉱床があり、世界有数の金の埋蔵が確認されていますが、
もっと面白いのは、高温が湧き出ていることで、海中に発電タービンを建設すれば、金を掘り出しながら発電所を造る、一石二丁のアイデアです。

「そんな夢みたいなこと」なんて言葉が聞こえてきそうですが、夢を夢で終わらせない、途方もない発想が日本を蘇らせ、未来を拓くものです。

かつて、太平洋戦争に敗北し、日本中の都市を戦火で焼かれ、300万人の若く未来のある人々を失い、殆ど全ての社会インフラも無くしてしまった日本人が、その僅か19年後に東京オリンピックを開催し、その前に東海道新幹線を造ったことは、世界を驚愕させました。
当時の世界で一番早い鉄道はせいぜい200km/h、実用速度は120km/hほどでしたから、営業運転210km/hは、常識外な速度といえます。
それを、敗戦から12年後には計画から実施に移していました。
もともと戦前の1930年代に東京から博多、朝鮮半島を経由して中国大陸の大連、北京、
上海までの弾丸列車構想があったそうですが、(これもその当時の技術力からするとずいぶん飛躍した発想ですが)速度の設定は120kmだったようです。
敗戦後、GHQから航空機の開発を禁止され、行き場を失った技術者がここに居場所を見つけたとばかり、それまでの<列車=機関車>の発想から<航空機を地上に走らせる>発想が、夢の実現につながったのです。
当時の日本は、貿易赤字国で対外債務国でしたから、とても自己資金(税金、国家予算)で造ることも出来ませんでした。(現在は世界第2の債権国、対外純資産は第1位)
なんと、世界銀行から借金をして建設したのです。(現在は世銀への拠出高2位)

アップルの創業者スティーブジョブズ氏(故人)は大変な日本好きだったそうですが、
(御忍びで家族と一緒に何回も訪日している)かれの遺言とも言える言葉を日本人こそ肝に銘じるべきでしょう。

 <愚かであれ、貪欲であれ>(ステイフーリッシュ、ステイハングリー)
これを私は、<もっと知り、知恵を出さなければいけない、今に満足してはいけない>
と解釈します。

彼が生み出した<物>は、優しく誰にでも使える途方も無く便利なもの、なのです。

みなさんは、日本の<風呂敷>が海外でとても評判が高いことを御存じでしょうか?
<風呂敷>は、一枚の布なのですが、その使い方は実に多彩で、正直私も使いこなしてなかった事を、後悔しています。
最初の本文に戻りますが、型紙のデザインはまさに<風呂敷>の柄として使われます。
日本にも贈り物の風習(中元、歳暮)がありますが、海外にも当然プレゼントとして広く一般な習慣です。
でも海外では、派手なラッピングをいきなり破いて棄てるシーンがあるように、包み紙は、手渡すまでの命です。
<風呂敷>は、場合によってはその場で持ち帰り、時にはそれごと贈ることも出来ます。
かつてケニア?の女性が「モッタイナイの精神が<風呂敷>にある」と言っていましたが、
<風呂敷>の多様性に気付くと同時に、その図柄こそ充分<意匠特許>に相当するのでは?と考えます 。                               
今回は、取り留めもない話になりましたが、最近の政治家や経済界の人々があまりに眼先の事ばかりを発言して、50年先、100年先が見えなくなったので、100年住宅提唱者として、犬の遠吠えどころか、カエルの鳴き声にもなりませんが、一言(長ーい)言いたくて。
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# by kzhome | 2012-09-30 09:12 | 社長の日記  

平成24年9月11日

今朝の中日新聞に、江戸時代の染色用型紙の記事が載っていました。
1880年~1910年にかけて、江戸時代からある染色用型紙が、大量にヨーロッパへ流出したことが、日本女子大の教授たちの調べで判った、との記事です。
この時期は、ヨーロッパにアールヌーボーやアーツ&クラフツの創生と重なり、あの有名なエミール‐ガレやウイリアム‐モリスは、明らかにこの染色用型紙を眼にしたはずです。
浮世絵が明治時代に欧米に大量に渡った事実は有名ですが、それを見たロートレックやゴッホは、絵に対するインスピレーションと共に、日本と言う国に憧れを抱いたようです。
それにしても、染色用型紙16000点とか、7000点とか、これはイラストの世界では、大変な財産のはずです。(2か国の博物館に所蔵されている)
日本人は、自らの持っている財産価値を知らずに過ごしてしまっているのでは?
以前、京都に若い女性の染色師が頑張っていることをNHKで放送されていました。
彼女の先祖は代々染物師で、何よりの財産は、「先祖が残してくれた1000点を超える型紙だ」と彼女は語っていました。
彼女は、国内だけでなく、海外でも高く評価され(むしろ海外評価の方が高い)今後の活躍が期待される現代アート‐アーティストの一人です。
日本の経済凋落が叫ばれる中、さらに3.11以降、経済指標は悪化を辿っている。
経済の基本だった貿易黒字も、原発の全面停止を想定し、地下資源の高騰を受けて維持が難しくなってきた。
経済評論家や大企業経営者の多くは、日本の将来を危ぶむ声を発している。
その根源は、明治時代から続く「日本には資源が無く、外国から資源を買い、加工して外国に売る」<加工貿易立国>の姿を追っかけているのです。
アメリカは、19世紀後半から20世紀前半には、貿易黒字国でした。
イギリスは、それ以前の産業革命以降、約100年間貿易立国でした。
イギリスは<イギリス病>つまり、世界一の国が陥る目標喪失からくる倦怠感が若者を中心に広がり、世代間格差を生み、家族の対話が途切れ、国力を落としました。
アメリカは、理想を掲げながら、ベトナム戦争や、各地の内戦に介入して、進路を失いながら、戦争が国内経済に欠かせない存在になってしまいました。
アメリカは、20世紀の後半には、今の日本より厳しい状況でした。
かつて、鉄鋼王カーネギーが「鉄は国家なり」と豪語したアメリカの鉄鋼業界は、日本の製鉄会社にとって代わられ、家庭用TVを生み出した家電業界は、ことごとく日本のメーカーに駆逐されてしまい、1970年代には、米国製のTVは無くなってしまうのです。
しかし、その時すでにIBMがコンピュータを製品化、20世紀後半のコンピュータ時代の幕開けを告げていました。あっと言う間に世界一の企業になります。
その巨大企業IBMも一学生たちが考えたPC(パーソナルコンピュータ)MACによって市場を持って行かれます。
さらには、コンピュータを動かすソフト会社(マイクロソフト)にその場(世界一企業)
を譲ります。
ところが処が、MACを生んだアップル社が開発した携帯型コンピュータに電話機能を持たせたアイフォンやアイパッドが世界中に広がり、世界一企業になるのです。
一つの産業が衰退しても、次に繫がる新たな産業を生み続ける、それがアメリカです。
イギリスは、産業革命から200年、金融と言う新たな分野を手に入れ、ロンドンの一角に、<シティー>を造り、世界中の金を集めることを実現しました。
保険や銀行の概念は、元々イギリスから始まったのですから当たり前かもしれません。
二つの国が持っている特性を具現化した結果と言えそうです。
では、日本はどうか?
私の考えは、「日本人らしく」です。
「なんだって」と言った声が聞こえてきそうですが、<シティー>を造り金融で生きようとするイギリスも、次々生み出す新しい概念を元に産業を生み出すアメリカもそれぞれ「らしい」と言えることです。
<神様>さえ契約を交わす民族や、ルーツを自ら造ろうとする国家国民とは、今更同じ発想を日本人が出来るとは思えません。
それは、江戸時代、270年に渡って鎖国をすることで、日本文化がまるでお酒を熟成発酵させるがごとく、醸し出すことになったのではないか。
その時期に生み出された日本独自の文化は、その後の世界に多大な影響を与え、今なお一切の古びも無く、世界に発信出来る物であること。
例えば、日本の家には何処にでも有る<家紋>は、アメリカには無く、ヨーロッパにも貴族だけに許された特殊な<物>である、という事実。
そんな物が何になるのか?の声が聞こえてきそうですが、デザインは<ソフト>です。
サムスンとアップルの訴訟は、正にこの争いでした。
特許と言えば、とかく難しい<技術や理論の世界>と思われがちですが、アップルは、<形>こそ特許であり、その価値は、「10億ドル以上(8000億円)ある」と裁判所が認めたのです。
新聞の記事は、「型紙は<職人の道具>であり、芸術ではない」と書いていましたが、ここに日本人の<価値知らず>が見て取れました。
かつて明治時代、「浮世絵は版画なので価値が無い」ものとして扱われ、なんと<陶器の包み紙>としてヨーロッパに輸出されました。
ヨーロッパ人は、陶器よりも<浮世絵>に驚いた、と言います。
こんなものを惜しげも無く包み紙にしてしまう連中は、「価値を知らない奴か、もっと優れた物が溢れていて」なのか?と。

つづく
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# by kzhome | 2012-09-19 21:31 | 社長の日記  

スマートハウスって何者?

太陽光発電の真実

メガソーラーは日本を救えるか?
今年7月から再生可能エネルギー買い取り制度が発足した。(再生エネルギー法)
太陽光発電の事業者は、向こう20年間42円/1kw/hで売り続けることが出来る。
早速、ソフトバンクやヤマダ電機などが名乗りを上げ、やれメガソーラーや全店に設置するやらの大騒ぎになっている。

しかし、ここには大きな問題点や疑問点がある。

まず、ソーラー発電の実力はどんなものか?と言うと。
ソフトバンクの提唱する20万kwのメガ発電所は、100万kwの原発と比較すると年間発電量は、3%程度にしかならない。
なぜなら、稼働時間が全く違うからであり、24時間365日発電を続けるのに対し、太陽光は、平均稼働率が2.5時間程度とされているからであり、同じ100万kwの発電量を持っていても、実は10分の1程度しか発電出来ないのが実態です。
42円の電力買い取りが採算に合うとして、最終的に個人の電気料金に加算されてくる事は間違いありません。
単純に1000億円を投資したソフトバンクは、年間380億円以上の売電が出来、3年で元が取れる仕組みになっていて、高く買った電力会社はその分を料金に上乗せ出来るのです。
20年ではなんと2800億円の儲けになるのが、ソフトバンクメガソーラーの実態です。
そこには、投資のリスクも無ければ、経費も無い(社員や消耗品が不要)為、絶対に損をしない!(孫正義=不損正義)さすがだ!
ヤマダ電機も同じ穴のムジナと言えそうだ。
300店舗に250kwの太陽光パネルを設置するそうだが、200億円の投資で20年間に400億円の稼ぎになる。年間20億円純益が上がれば、こんなおいしい話は無い。
この利益に電力会社の経費を加えた金額を庶民が負担することになる。
食品ならば食べる為、車なら便利になる為、家なら暮らし良くなる為、お金を払うならば消費と言える。
原発を止める為ならその価格と思えば良いが、原発は必要で、エコな気持ちになる為だけのお粗末な発電量の太陽光を金科玉条のようにかざすのは、庶民を欺く行為で、詐欺に等しいのではないだろうか?

昨年の節電から俄かに注目を集めるようになったスマートハウス。
直訳すれば、「賢い家」となるが、はたしてどうゆう物なのか?検証してみる。
この数年間、20代、30代の人々の住宅嗜好が天然木だったり、自然素材の塗り壁であったりして、ハウスメーカーが得意とする家とは異なった方向に向かっていた。
そこに降って湧いたような大震災から原子力発電所のトラブルによる節電の恐怖。
震災時に太陽光発電をしていた被災者が、停電時でも自家発電により電気を使う事が出来た、などの事例によりソーラーが俄然注目されるようになった。
これは単にメカニックの問題だったのだが、ハウスメーカーには<絶好のチャンス>と捉えられたのだろう。
太陽光発電パネルを屋根に載せて、燃料電池(又は蓄電地)を装備、さらには電気自動車と組み合わせて、安価な(?)深夜電力をまず車に充電して、昼間の住宅の電力として利用しよう、と住宅産業外の企業からも参入してきている。
では、スマートハウスの語源となったのは何か?その元は米国にあった。
日本より一早く電力会社問題(大停電が頻発)が発生したり、巨大エネルギー企業が破綻したり(エンロン)して社会問題化している中、より効率の良いインフラ(社会生活環境)
を模索した結果、スマートグリット(賢い括り)と呼ぶ小規模(100戸から1000戸程度)の住宅地を作り、太陽光発電や風力発電、小規模水力発電などの再生可能エネルギーを利用しながら、限られた戸数にすることで、エネルギーの一元管理をして、余った家の電力を足りない家に供給しあう、地域型電力共有社会を造ることによって、地球温暖化に対応しようとした、オバマ大統領の目玉プロジェクトだった。
それを、日本版にすると、発送電分離に繫がるので、グリットではなくハウスにして一軒、一軒で完結させようとするのが、<スマートハウス>と呼べるのかもしれません。
一見、よく似た話に思えますが、私たち住宅研究者から見ると、似て非なる話です。
まず、米国の<スマートグリット>は、例えば砂漠の真ん中に水を引き(ラスベガスのような)送電線を延々と引っ張るのではなく、近くにソーラーパネルを敷き詰め、(公共施設の屋根とか、駐車場のような)発電した電気は地下ケーブルを使って送電する、利用を一元化したターミナルから各家庭に送られる方式なので、建物の美観や、設備の老朽化にも住宅は影響を受けない。
もちろん、メンテナンスや設備の更新のわずらわしさも共同管理なので、家庭も業者も助かるのだ。
日本の<スマートハウス>を見てみよう。
設備は各家庭が管理し、屋根はソーラーパネルで覆われる。
デザインは無視され、工業的な建物が並ぶことになる。時々入母屋やスパニシュ瓦にソーラーパネルが乗っかっているのを見かけるが、住人の環境意識は尊重するが、建物の美観は悲しいものがある。
設備機器はおよそ寿命が短い、建物に比べて半分以下だろう。
メーカーに依っては20年保証をしているが、殆どは10年保証、それ以後は運が良ければ20年ぐらい持つかな?」ぐらいだ。
つまり、将来かならず交換や修理、メンテナンスがやってくるわけだ。
メンテナンスも戸建て一軒ずつをするのと、100戸、200戸と纏まった設備をするのとでは、まるで効率が違う。メンテナンス契約を結んで、定期的に検査してもらうことも可能だ。
つまり、井戸と上水道、個別浄化槽と下水道設備の違いを思えば良い。
送電が楽な電気はむしろメンテナンスも引き込みも戸々の負担は少なくなるだろう。
確かに太陽光発電を買い取り式で現在の価格(42円)ならば、導入した方は利益を得られる可能性がある。しかし、その制度は初めから破綻した制度で、電力会社は買えば買うほど赤字になる。そこで一般家庭に赤字分を上乗せ請求出来る仕組みになっている。
すると、ソーラーを取り付け出来ない人々(アパート住まい、マンション住まい、屋根の形状や向きが向いてない、等)は、なぜ負担しなければならないのか?
可能だがしない人々に限定するのが本来ではないだろうか?
ソーラーパネルを搭載した倉庫のような住宅が日本中に建つ。
30年、40年後にスクラップ化するのは、目に見えている。
昭和45年頃から建ち始めたハウスメーカーの建物がどんどん建て替えられているのは、正にその証拠である。それ以前(戦前の建物ならば間違いなく長持ちする)の建物とは明らかに違ってしまった。
30年経つと合板の接着剤が効力を失いふわふわとなり、ビニールクロスが呼ぶ静電気で壁は黒ずんでしまう。

震災以降、ハウスメーカーは、日本人の住宅観を変えようと、より工業製品化して
流掛けた自然派志向の向きを変えようとしているようだ。
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# by kzhome | 2012-09-19 21:30 | 社長の日記  

事務所移転

平成24年7月、念願だった事務所移転を果たした。

思えば、おかしな話だが、27年前に半田市に事務所を構え、2年後に名古屋の栄2丁目へ、その後名東区に変り、8年前緑区に、その間商圏も一時は、東京や沖縄にまで行っていた。
キッチンが中心のビジネスは、有る程度距離が有っても充分可能だったけど、住宅専門となると、一気に狭くなる。
工事期間の長さだけでなく、遠い将来にもつながるお付き合いを考えると、せいぜい2時間で行ける範囲か。
また営業的にも、オープンハウスをすることで受注に結びつける方法では、近隣15km範囲が顧客対象になってしまう。
必然的に最初に建てた地域が営業拠点となる。
気が付いたら、知多半島が90%の住宅会社になっていた。
半田から始まり、また半田に帰って来てしまった感があるが、キッチンを売って解った事が、私のしたい事は、ビジネスではなく仕事(仕える事)であり、残す事である。
キッチンを一軒一軒造っていた頃は楽しく感じたのに、沢山売らなくてはならなくなった時点で興味が無くなってしまった。
なぜなら、数を求める事で時間を失い、ユーザーの顔を見る事も、意見を聞くことも、もちろん、後で訪問することも出来なくなってしまったから。
私には、変な性格があり、自分が造った(実際は職人が造るわけだが)物件がその後どうなったか、気になってしょうがないのだ。
上手く使えているだろうか?
悩んだあの箇所は、成功だったろうか?
こだわられた所は、実際はどうだったのか?
などなど。
家を建てれば、キッチンの何倍もそんな箇所が現れるのだが、それが楽しい。

そんな気持ちになった私は、必然的に地元(自宅が半田)に事務所を移すことを決意した。
新店舗で皆さんとお会い出来るのは、仮事務所から移動する12月になる予定だ。
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# by kzhome | 2012-09-17 22:27