紀州和歌山へ

木材の下見で紀州和歌山へ行ったのですが、田辺市にある<南方熊楠顕彰館>なるものを見ました。郷土に生まれた偉人を記念する<記念館>はよくあるのですが、<顕彰館>とはいかなるものか?

もちろん、南方熊楠の記念館も以前から隣の白浜温泉にあります。
にもかかわらず、田辺市に別の施設を建てるとは、どうゆうことかしらん、と思いながら、最初は、「白浜と田辺の偉人伝の取り合いかも」ぐらいに考えて見に行きました。

ところが、日曜日の午後3時前、受付の方に入館料を聞くと、

「無料です」

の答え、同じ敷地内に建つ、熊楠の家は有料だとのこと、たぶん修繕費に充てるのでしょう。なにせ明治時代の建物ですから。

出来たばかり(築2年)の<顕彰館>は、空調も完璧、きれいに整理され、外構もさりげない程度のお金の掛け方がしてあります。およそ500㎡はあろうか、と思われる館内に研究員風の人が二人と受付の男性(市の職員?)。

私が熊楠の名を知ったのは、20年ほど前のこと、知り合いの「ランドスケーパー」(修景士。壊された又は平滑な地形を、自然な又は人工的な景観に造り変える仕事)から、教わりました。
その時の彼の目の輝きと、人名とは思えない変わった名前に興味を持ち、彼の図書を探しましたが、当時の書店では、ほとんど見つけることができず、やっと小冊子、「知の巨人、南方熊楠」を手に入れれた程度でした。

あれから20年、顕彰館に置かれた彼に関する図書は、数十冊にもなり、彼の交友関係も、民俗学者の<柳田國男>をはじめ、普遍の評価を受けている人々と文通をしています。
驚くべきは、彼が亡くなって(1941年没)半世紀以上も経つのに、その生前に遺した研究成果や、資料の10%程度しか日の目を見ておらず、今後どれだけ重要な資料が発見されるか判らない、と言うことです。

彼が最も時間を費やした研究の一つに、「粘菌」があります。

「粘菌」とは、植物の特性と動物の特性を併せ持つ、不思議な生物で、日本では、紀伊半島の山中に見られる稀少生物です。もちろん、日本における第一発見者は、南方熊楠ですし、学名にもその名が付いています。

これから彼の研究が明らかになることで、さらなる発見もあるでしょう。

彼の名は、日本より世界の研究者に知られるところですが、やがて
「郷土の 偉人」から「日本が生んだ偉人」として語られる日が来るでしょう。
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by kzhome | 2008-04-09 10:22 | 社長の日記  

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