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『温故知新の家づくり』 第4回 世界の住宅デザイン

皆さんはハウスメーカーの営業を受ける時、「お客様のお好みは〈和風〉ですか〈洋風〉ですか」と、尋ねられたことがありませんか。私たちも最初はそんな感じです。

しかし、これを〈欧米の人たち〉に尋ねると、「〈洋風〉の建物はどこにありますか?」と、逆に聞かれてしまいます。なぜなら、私たちが〈洋風〉と呼んでいる建物は、実は〈欧米〉のどこにもなく、私たちが考えた〈洋風なイメージの建物〉と呼ぶのが本当のところだからです。

イギリスは、住宅デザインの宝庫ですが、木造であれば〈チューダー様式〉と呼ばれる、日本の〈真壁工法〉に似た、外壁面に柱が露出した建物が主流です。
地中海沿岸の南フランス地方には、木造の〈プロバンススタイル〉。乱形石積みの外壁が美しい〈地中海スタイル〉。スペインでは、中庭(パティオ)を取り囲むように廊下を設けた〈ミッションスタイル〉。スイス地方にもイギリスの〈チューダー様式〉に似た〈チロリアン様式〉。ドイツの、小屋裏を部屋として使う〈メルヘン様式〉。再びイギリスに戻って、出窓に特徴がある〈ビクトリアン様式〉など、世界各地に、その地域に合った〈建築様式〉が有り、それがそのまま、その国の文化であり、〈アイデンティティー〉になっています。

アメリカは、大きく分けて、東海岸ではイギリスの〈チューダー〉や〈ウィンザー〉、ドイツの〈メルヘン〉に近い、〈ケープコッド〉(漁師小屋)と呼ばれる小屋裏部屋のある家などが多く、南部では、〈プランテーション(農場)スタイル〉や、正面の丸い柱が特徴の〈イタリアンテ〉が好まれて建てられます。
西海岸でも北部のシアトルからサンフランシスコまでは〈ビクトリアン様式〉、南に行って、サンタバーバラからサンディエゴにかけては〈ミッションスタイル〉や,〈地中海スタイル〉のような、温暖な地方で生まれたデザインが多いのです。

日本の住宅デザインは室町時代まで遡り、武家社会で発展完成した、書院づくりの家や桂離宮を代表する〈数寄屋建築〉は、素晴らしい日本の文化であり、戦国時代を経て安土桃山に数寄屋が生まれ、江戸時代に完成したのが、京都の町家建築です。
数寄屋建築は、当時もお金持ちしか建てられませんでしたが、京都の町家建築には、まさに日本人の〈美意識〉と創意工夫が溢れていますし、何より外観、表、内、裏と複雑な表情が日本人の感性をよく表わしています。

しかし残念ながら、耐火性や耐震性を考えれば、今更、日本中の住宅を京都の町家にすることも出来ませんし、やはり住む人の〈選択の自由〉も奪うことも出来ません。

ただ、それが〈家の資産価値〉を奪うことになる、としたらどうでしょうか。

一軒の問題だけでなく、周りの家が干渉して価値を上げたり下げたりするとしたら。

スクラッップ&ビルドの時代は終わり、価値の再生、価値の創造を求める時代です。
建築(家づくり)の価値を求める先に、歴史と自然に学ぶ、自然素材と風土文化から生まれた〈ワールド‐クラッシックデザイン〉(音楽のように考えて)を基本に、日本人の〈アイデンティティー〉を失わないこと、そんなデザインは如何でしょう。
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by kzhome | 2008-11-28 20:31  

『温故知新の家づくり』 第3回 「デザイン」という価値

家の価値を伝える最も大切な要素はデザインです。

愛知万博の時作られた『さつきとメイの家』は、なぜ残されたのでしょうか。
ディズニーランドのシンボルが、なぜ世界中『お城』なのでしょうか。
日本中にある『城』で明治以前から残っている建物は殆どありません。では、なぜ多くの『城』が太平洋戦争後建て直されたのでしょうか。

それは、私たちが後世に残したい、あるいは、心の中にイメージされた懐かしいもの、失いたくないもの、つまり『アイデンティティー(共通認識)』があるからです。

その源は、DNA(遺伝子)であったり、生後に刷り込まれたものであったりする訳ですが、「美しい」と感じる美意識が共通しています。

それは、たまたま日本人が誤解する「綺麗な」ものではなく、景観的な「美」です。イタリアのフィレンツェはその美しさから、世界遺産にもなっていますが、実際の建物は500年の風節に耐え、外壁の表面など見るに堪えません。

京都の町家の美しさは、何軒も続く面格子にありますが、新しいものよりも古くなって少し角がとれたり、木の色が灰褐色になったりしたもの方が価値を増します。

つまり『建築のデザイン』とは、出来あがった時が最高ではなく、歳月を経るごとに価値が増すものを言い、一過性の流行や自然素材でない部材では、その実現は不可能です。
家を長持ちさせることが、耐震性能や強度のみに偏った超長耐久住宅とか200年住宅は、単なる『箱もの』としての発想であってはなりません。

また、出来た瞬間の見た目のかっこよさや確かなバックボーンを持たないデザインの家を、欧米では『ケーススタディーハウス』と呼び、建てられる地域を限定して住宅地の景観に違和感を与えないように配慮しています。

日本の建築学は、関東大震災と東京大空襲で、耐震性、耐火性能、防火性の研究に偏ってしまい、一級建築士の資格を得るための試験も大半が複雑な計算式です。
中越地震しかり、能登半島沖地震しかり、柱の太さや大工の腕ではなく、確かな計算に基づく性能の確保があれば、殆どの地震に対応出来ているのが、現在の建築基準法です。

問題は、デザインです。

今の日本の住宅には、根本的な欠陥(あえて言います)があります。ハウスメーカーが出現して、かれらの都合の好い工場生産し易いようにデザインしてきました。
住宅資材メーカーもそれに倣い、大工工務店用の部材を〈共通化〉してしまいました。
今では、どれがハウスメーカーの建物で、どれが大工工務店なのか、一般の方では判らないぐらいです。
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by kzhome | 2008-11-14 22:19 | 社長の日記  

『温故知新の家づくり』 第2回 自然を破壊しない「循環型の家」

木造の住宅は、屋根の素材によって大きくその重量が違います。

和瓦なら、1㎡当たり50kg~60kgですから、30坪の平屋なら屋根面積はその約1.5倍の150㎡、つまり7.5tから9tの重量になります。

昔ながらの泥土を使ってあれば、そのまた倍になります。

金属屋根(ガルバリューム等)ですと、葺き方によって変わりますがその3分の1から5分の1になります。

外壁が土壁であれば、厚さ70ミリ、高さ2.5m、幅800ミリの土が外壁一面に入っていることになります。
土壁の比重を2.0(自然の土は3.0~4.0)として、1㎡当たり140kgとなり、90㎝間隔の柱と柱の間にある土壁の重量は、280kgにもなります。

土壁の耐震強度係数は0.5であり、耐力面材としての〈モイス〉(第1回参照)の4.0と比べるとはるかに劣り、万一、地震の際、倒壊して人の上に覆いかぶさったら、その重量は大人の男性でも持ち上げることが出来ません。

阪神大震災や、中越地震、能登半島地震でも土壁の家は多く倒壊しています。
もともと土壁自体が耐震性を考えて作ったのではなく、断熱性が主であり、100年に一度あるかないかの大地震に対応することは考えてなかったのです。

日本における地震の記録も〈江戸時代〉になってから頻繁に出てきますが、それ以前となると、伝承の域を超えません。
そのため、建築も耐震の工法といった考えではなく、釘やビス、金物が自由に作れないことによって、楔(くさび)や貫(ぬき)を使い、後世の部材取り換えが容易に出来るように考えられた結果、〈耐震性にも優れた建物が残った〉と言えます。

その証拠として、奈良・飛鳥時代の建造物は現代に到るまでに、幾度となく補修されてきましたが、その補修の痕から室町時代の頃までに補修されたものは技術的に価値ある工法でした。
しかし江戸時代以降になると、徐々に手抜き工事とも言える〈簡略な〉方法を生み出し、更に明治時代になると、西洋の釘や鉄の技術が導入されたものの、ステンレスなど合金の技術が無いため、それが錆びて木を腐らせ、手の施しようのない有様になっているそうです。

脇道へ逸れましたが、つまり、土壁は万能ではないのです。

日本の文化として残さなくてはならない物ではなく、むしろ〈災害時には危険である〉とです。

私たちは、「先人の知恵には大いに学び、現代には現実を踏まえ、〈未来に残すべき家〉を造りたい」と考えています。将来に向かって、未来の私たちの子供が喜んで住んでくれるような家を目指しています。

そのためには、自然災害や火災に強いだけでは、それは実現できません。

日本中の人たちが〈家〉を造っても、自然が破壊されず、造り続けられる家、素材、完全な循環の輪が出来る家が必要なのです。
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by kzhome | 2008-11-07 21:00 | 社長の日記